「簿価」と「時価」が大きく異なる場合は要注意
法人を新たに設立したら、現在個人で所有している賃貸用建物をその法人に売却すると前回お伝えしましたが、その際、注意すべきことが3つあります。
1つは、売却するときの価格です。
建物の売買は、基本的に「時価」で行われます。土地が一物五価(土地の時価の付け方には数種の考え方があるという意味)だったように、建物の時価もさまざまで、建築したときの価格(取得価格)、不動産鑑定に基づく価格(市場価格)、固定資産税評価額、帳簿価格などがあります。
時価とは、「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に、通常成立すると認められる価格」のことですが、有価証券のように取引相場があるわけではありませんので、何をもって時価とするかは実は非常に難しい問題です。実務的には、個人所有の賃貸用建物を法人へ売却するときは、原則として帳簿価格、通称「簿価」を選びます。
簿価とは、物件を購入したときの金額から、毎年の減価償却費の累計額を引いたものです。簿価は毎年確実に価格が下がっていくので、建築時の価格を上回ることはなく、売却益を出して譲渡所得税が課税されることがありません。また、簿価は税務署が決めた減価償却のルールに基づいた計算ですので、税務署が否認しにくいという特徴があります。
ただし、まれに簿価と、ほかの方法で算出した時価が大きく異なる場合があります。たとえば、簿価は低いけれど、実際には満室稼働している物件は、不動産の評価方法の1つ「収益還元法」で計算した価格が簿価よりも高くなってしまうことがあります。
逆に、バブルのときに建てたから簿価はすごく高いけれど、現在はあまり家賃収入を得られていないような物件は、価格がタダ同然に低くなることもあります。
他の方法で算出した価格と簿価の差額が大きいときは、その差額をどう捉えるか、どの時価を採用するかという問題が発生します。そのような場合は、賃貸用建物の法人化に詳しい税理士とよく相談し、もっともよい方法を選択する必要があります。
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都市部など地価の高い場所の場合、土地は売却しない
2つ目の注意点は、「土地の無償返還に関する届出」を出すことです。
この対策では賃貸用建物を法人へ売却しますが、基本的に土地には手を出しません。都市部など地価の高いところでは、土地まで売却してしまうと、多額の譲渡所得税がかかってしまうからです。
そのため土地は、「個人が法人に貸す」形をとります。このとき、土地と建物の所有者が異なるので、本来は、法人は土地を借りる個人に対し、権利金を支払わなければなりません。同族法人だからといってその権利金を支払わないと、法人に多額の法人税が課されてしまいます。そこで、法人と個人の連名で税務署に「土地の無償返還に関する届出書」を提出してこの問題を解決します。
「将来無償でその土地が返還される」ことをこの届出を提出することで明らかにし、権利金の認定課税を避けます。また、その土地の評価額から一律20%の評価減が適用されます。つまり土地の80%を底地権として地主が持ち、20%を借地権として法人が持つイメージです。
このようにして借地権の認定課税を避けたら、法人から個人へ地代を支払います。地代は固定資産税の2.5〜5倍程度で設定します。この程度を支払っておかなければ、通常の賃貸借とはみなされないからです。
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相続開始前3年以内の贈与は相続税の計算に含まれる
3つ目の注意点は、建物の売却代金を長期返済にすることです。
法人が個人から建物を購入する際、新しい法人ですから、当然お金がありません。そのお金をどこから工面するかが問題となりますが、もし個人の手元に相当の預金があれば、そのお金を法人に投入して、法人が個人から購入する形にします。お金の流れとしては、出したものが戻ってくるということになりますが、それで問題ありません。
個人にもお金がないときは、法人が個人から分割払いで購入する形にします。その場合、新しい法人には返済能力がないので、15〜30年の長期返済にします。法人は無利息での分割払いが可能なので、利息の心配はありません。
一方、個人のほうは建物を売却したので、代金を回収する権利(債権)を持っています。その債権は相続人や、その次の孫などに贈与することができます。
ここで注意したいのは、通常、相続開始前3年以内の贈与は相続税の計算に含まれるということです。これを生前贈与加算といいます。そのため債権を相続人に贈与すると相続税の計算に含まれてしまいますが、孫であれば問題ありません。つまり、売却代金の未収金を孫に積極的に贈与することができるのです。
以上のような手順で、個人所有の賃貸用建物を法人に売却し、法人で不動産賃貸業を行っていくのです。
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