いじられたくない…子どもたちの他者意識はどう育成すべきか?

旧来型組織の改革が進んでいくなか、なかなか変わらないと揶揄される「教育現場」。しかし、常識に捉われず改革を進めている千代田区立麹町中学校の手法は、あらゆる組織の改革にも通じると話題を集めています。本連載は、千代田区立麹町中学校長・工藤勇一氏の著書『学校の「当たり前」をやめた。』(時事通信社)から一部を抜粋し、麹町中学校の「学校改革」について紹介していきます。今回は、「書く指導」と「心の教育」について考えていきます。

相手に伝わってこそ「言葉」は意味を持つ

ここでは、書く指導を中心に他者意識と目的意識の重要性について見ていきたいと思います。聞き手が何に興味があるのか、どのような順序で話せば理解してもらえるか、熟考した上で組み立てることが大切で、私も人前で話をする際はこのプロセスを重視しています。

 

教室の掲示物について思い浮かべてみてください。

 

教室の壁に班新聞などを作って張り出している学級があります。班新聞を作る「目的」は何かといえば、新聞なのだから「第三者に読んでもらう」ことです。第三者とは、クラスのみんなです。しかし現実には、誰にも読まれていなかったりするケースが少なくありません。

 

また、年度当初に、子どもたちに「自己紹介カード」を書かせて、掲示している学級もあります。これもほとんど誰にも読まれていないし、子どもたちも「いじられる」ことを気にしたりして、当たり障りのないことしか書いていないことが多いように思います。

 

いずれも班新聞や自己紹介カードを書くこと自体が目的化してしまっている典型例ではないでしょうか。班新聞の場合、「誰かに読んでもらう」ことより、「皆で協力して制作すること」の方が重視されてしまっている。「自己紹介カード」は、もし、学級の相互理解を深めるのが目的であれば、カードを書かせて張り出すより、グループエンカウンター等を行って対話を深めていった方がよほど効果的です。

 

作文は読み手を想像しながら、文章の構成や書き出しを工夫して、読んでくれる人の興味関心を喚起しようとするものです。そうした「他者意識」があってこそ、「伝わる」文章を書くことができるようになります。

 

しかし、子どもたちは、作文を書く際に、「他者意識」を持つことが少ないと思います。何を意識しているかというと、担任に「褒められること」「評価されること」、あるいは「怒られないこと」です。もしこのような意識で書かれているとすれば、将来に向けた、文章を書き、考えを伝える能力が身に付けることにはつながりません。

 

フィンランドの国語の教科書の日本版が市販されていますが、「目的意識」や「他者意識」を持って文章を書かせる訓練が、小学校段階から徹底されています。この教科書の小学5年生版を読むと、「旅行記の書き方」という単元があり、少年が夏休みの旅行記を書くプロセスが、段階に分けて解説されています。テーマを決めて材料を集め、構成を考えて作文を書く。そして推敲して清書するというものです。

 

特筆すべきは「構成」を考える場面です。「みんなはどんなことに興味があるのか」という一文から始まり、最初は旅行の準備から書こうと思ったけれども、それでは読み手の興味を引けないので、別のところから書くようにしました、ということが説明されています。

 

つまり、この学校では、旅行記を読んでもらう相手が教師でなく友達なのです。もし、書いた文章が相手に伝わらないとしても、それを理解してくれない相手が悪いんだと思うのではなく、相手に伝える文章を書くべきです。

 

言葉は伝わってはじめて価値があります。

 

自分の伝えようとした言葉が相手に伝わらないとき、理解できない相手が悪いというのか、あるいは自分が悪いと考えるのか、ここに伝えることの本質があると考えます。どんなに上手な文章でも、伝わらなければ意味がないという訓練を子どもの頃からすることは必要だと思います。

 

私は外国のさまざまな教育法を信奉して、そのメソッドをなぞることに意味があるとは考えていません。また、日本にそういう教育がないからといって、他の国と自らを比較して嘆く必要はまったくないと考えています。

 

しかし、良い考え方や方法は、外国のものであれ、日本の過去の取り組みであれ、積極的に取り入れていくべきだと考えています。

 

そのことに加えて、ここで1点、伝えたいことがあります。読解力を高めるために、読書を強く推奨する研究者がいますが、私はそのことのみを推奨するのは適切ではないと考えます。

 

アメリカの有名な俳優、トム・クルーズさんが自ら公表して語っていることですが、ディスレクシア(文字の読み書きに困難を覚える特性)である彼は、映画の台本などを読んで台詞を覚えることが難しく、集中して話を聞いたり、誰かに話してもらったことを覚えたりして、素晴らしい演技を見せてくれています。メディア等に対しても、そのことを公にして、誠実に応える姿には、とても感動します。

 

学校には、さまざまな生徒がいます。他者を意識してコミュニケーションを取ることを学ぶために、文字を読んだり、書いたりすることが苦手な子も、トム・クルーズさんのように集中して話を聞くなどして学ぶことはできますし、また、ICT(情報通信技術)の力を活用することで、その子にとって、もっとも適切な学びのスタイルを取ることもできます。

「心の持ち方」より「行動すること」を大切にする

社会にとって、よい行動を行うことができる人を増やす。心の教育はそのことを実現するための手段です。心の教育は大切だと日本中の人が考えると思います。私もその一人です。しかし、よい行動を行うことができる人間を育てるために心の教育があるということが見失われていると感じることがあります。

 

修学旅行の定番の地となっている奈良の薬師寺の僧侶の方がこんな話をされたことを覚えています。

 

「心の持ち方、ありようによって行動が変わり、行動を変えると心を変えることができる。『面白くない、つまらない』と思って授業を受けていると、ついつい頭が下がり、居眠りしてしまったりする。それは、自分の中にある、ぐうたらな心が自分の行動をそうさせている。しかし、たとえ、寝不足などで体がひどく疲れきっていたとしても、姿勢を正し、頭を上げ、顔をしっかり意識して向けていくことによって、元気な心が生まれてくる」と。

 

心が行動を決め、行動は心を変える。薬師寺で伺ったお話は心と行動の密接な関係を捉えた、とても興味深いものだと思いました。

 

人は時々「心」にこだわります。特に中学生ぐらいの年代は、自分の心のありようがとても気になる時代です。自分を見つめ、自分の生き方を深く考えることは、自分を成長させるためにとても大切なことです。

 

しかし、心にこだわり過ぎると、よいことをしようと思っても、人目を気にするあまり、臆病になってしまうことがあります。実際、学校では生徒たちが、せっかくよい行動をしても、「本当はあの人、〇〇なのにね」「いい子ぶっているだけだよ」などといった、行動を否定的に捉える言葉が、時おり生徒たちの中から聞こえてくることがあります。しかし、「よい行動ができるようにする」ことこそが目的であって、心のありようは、問題ではありません。

 

具体的な例を挙げて考えてみましょう。

 

ここに、全く正反対の2人がいるとします。一人は「心の底から優しいことをしたいと思っているのに、人目を気にするあまり、行動できない人」そしてもう一人は、「決して純粋な理由ではないけれども、よいことを行っている人」。どちらの人がより価値があるでしょうか。

 

人は行動の積み重ねで評価されていくものだと私は思います。そもそも人の心の中など簡単に分かるものではないとも思います。私自身、いまだに自分の心さえ、よく分からないことがあります。

 

そもそも「心はみんな違っていい」はずです。人の価値観、考え方はみんな違ってよいのです。私は生徒たちに、人は行動こそが大切だという「行動の教育」を伝えていきたいと思っています。

 

かの孔子が、論語の中で「70にして心の欲する所に従って矩のりを踰こえず」(自分の心のままに行動しても、人の道を外さなくなったのは70歳になってからとのこと)と語っています。あの孔子でさえも、70歳になっても意識して自らの行動をしている。人生の最後のステージに差しかかっても、そうした努力をしていたことに感動します。

 

私は1年生全体の道徳の授業を年度の初めに行っていますが、そこでは、命、人権を大切にすることと、差別をしてはいけないことの重要性について話します。

 

人を差別する心を完全に消し去ることはできないかもしれないが、そのことを意識すれば、差別をしないことは誰でもできる。そうした人間になることこそが大切だと生徒に伝えています。

 

幼稚園や保育園、小学校で心の教育の象徴としてよく言われている、「みんな仲良くしなさい」という言葉があります。この言葉によって、コミュニケーションが苦手な特性を持った子どもたちは苦しい思いをしているのではないでしょうか。よかれと思って、多くの教師が使っている言葉で、結果として、子どもが排除されることになってはいけません。

 

「人は仲良くすることが難しい」ということを伝えていくことの方が大切だと私は考えています。

 

千代田区立麹町中学校長 

1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長等を経て、2014年から千代田区立麹町中学校長。教育再生実行会議委員、経済産業省「ed-tech 委員」等、公職を歴任。本書が初の著作となる。

著者紹介

連載すべての組織改革のヒントになる「千代田区麹町中学校」の変革

学校の「当たり前」をやめた。 生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革

学校の「当たり前」をやめた。 生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革

工藤 勇一

時事通信社

宿題は必要ない。固定担任制も廃止。中間・期末テストも廃止。 多くの全国の中学校で行われていることを問い直し、本当に次世代を担う子どもたちにとって必要な学校の形を追求する、千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長。 …

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