旧来型組織の改革が進んでいくなか、なかなか変わらないと揶揄される「教育現場」。しかし、常識に捉われず改革を進めている千代田区立麹町中学校の手法は、あらゆる組織の改革にも通じると話題を集めています。本連載は、千代田区立麹町中学校長・工藤勇一氏の著書『学校の「当たり前」をやめた。』(時事通信社)から一部を抜粋し、麹町中学校の「学校改革」について紹介していきます。今回は、生徒の問題行動について考えていきます。

なぜ教育現場で「問題行動」が語られるのか?

「問題」は作られる

 

教育の世界では、子どもの「問題行動」について語られることがあります。「小1プロブレム」など、新しい言葉が次々と生まれ、文部科学省では解決に向けた対策を講じます。

 

しかし、「小1プロブレム」などの言葉は、「小1はこうあるべきだ」と専門家が一定の理想を掲げ、その理想から外れた子どもたちがいると使っている言葉です。学校教育では大人たちが「問題」と捉えるからこそ、それが「問題行動」と見なされてしまうことがたくさん見られます。頭髪、服装指導、不登校が「問題」だと見なすことで問題になってしまうことと同じです。個の発達の特性に視点を置けば、そもそも問題ではなくなるのではないでしょうか。

 

「不登校」にしても、ベースに「学校へ行くのが当たり前」という価値観があるから「問題」と捉えられているのであって、学校が大人になるための一つの手段にすぎないという考えが普通になれば、「不登校」という言葉すら存在しなくなるでしょう。

 

ある行動を「問題」だと言わなければ、それは問題にはなりません。そういった視点で子どもたちを見ていくことが大切です。何かができなかったとしても、それは、その子にとっての発達の一つの場面での状況であって、周りの環境を少し変えるだけで解決できることがあります。

 

子どもの発達は、それぞれです。じっと座っていられないのが問題だとする「小1プロブレム」も、椅子を変えてみたり、座る場所を変えてみたり、座っている時間を変えたりすることで、全然問題ないということがあります。むしろ、「座っていなさい」と叱られることで損なわれる自己肯定感について私たちは考える必要があります。大人が作り出した問題(それは「幻想」かもしれません)で、子どもたちや、それを守らせようとする大人が疲弊していくのは残念なことです。

良かれと思って掛けた言葉が逆効果になることも

この点を強く認識させてくれたのが、森俊夫氏と黒沢幸子氏の書籍でした(『森・黒沢のワークショップで学ぶ解決志向ブリーフセラピー』ほんの森出版)。この本には、日常生活で役立つ多くの知見が盛り込まれていますが、中でも印象的だったのは、ある中学3年生の女の子とその母親の会話です。

 

かいつまんで説明すると、ある日、女の子が家で食事をしているときに、母親が「どうしたの? 食欲ない? 具合悪そうだけど」と聞いてきます。その女の子は、そんなふうに感じていなかったので驚くのですが、その言葉を受けて「ひょっとしたら、いつもより少し食欲がないかも」と返します。すると、母親は、「何かあった? 友達に何か言われた?」と、さらに追及してくる。そのうち、女の子は「そういえばAちゃんに○○と言われた、先生にも○○と言われた」、と嫌なことを次々と思い出し、本当に気持ちが悪くなって、トイレへ駆け込んでしまうという話です。

 

このエピソードに類する話は、至る所にあります。「忙しいでしょ。疲れている?」と言葉を掛けるうちに、元気をなくしてしまう子どももいれば、「受験勉強、大変だね」と繰り返し言われる中で、プレッシャーに潰されてしまう子どももいます。つまり、大人が取るに足らない問題を取り上げ、言葉にしてしまうことで、問題となってしまうことがあるのです。

 

実を言うと、著者のお一人である森俊夫さんとは30代の時に研修でお会いし、上述のエピソードを直接お聞きしたことがありました。森さんは私より少し年齢が上でした。残念ながら、最近お亡くなりになられましたが、森さんの研修を受けたときの高揚感は今でも忘れられません。この視点で考えれば、学校教育で起こっている、いろんなことが変えられる。あんなこともできる、こんなこともできると、興奮して一週間ほど、十分に寝付けなかったほどです。

 

大人が良かれと思って掛けた言葉で、子どもは救われることもあれば、追い込まれることもあります。何かと子どもに手を掛けてしまいがちな現代社会において、特に意識しておくべき心得だと思い、いつでも若手教員に紹介できるように、校長室には森さんの本を常に置いています。

 

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