医局は「研修医の長時間労働」なしには成立しない
大学病院での研修を選ばない新人医師の増加は、医局そのものが衰退する大きな原因になっていきました。なぜならば大学の医局という体制は、ヒエラルキーの一番下に位置する研修医がボランティアのように長時間労働をすることで維持できていたようなものだったからです。
医局全盛時代の研修医の給料は月給数万円程度で、ボーナスもないというところが少なくありませんでした。しかし、他の病院の外来や当直のアルバイトがあったのでなんとか生活できたのです。大学病院が多くの人間を抱えることができたのは、医局員の人事権を掌握していたからです。
ほとんどの研修医は生活するのにもままならないという状況でしたが、医局を飛び出してしまえば転職先を紹介してくれる機関もありません。1日10万円の当直アルバイトや半日で5万円の健康診断といった割のいいアルバイトも斡旋してもらえないため、医局を飛び出したところで自ら稼いでいくことはできないのが目に見えていました。そこで、24時間365日体制の厳しい労働環境で働いていても、研修医は文句を言えなかったのです。
一方で給料が出るだけでもマシで、なかには無給で働く研修医もたくさんいました。
たとえば、2018年の10月26日に放映された「NHKのニュースウォッチ9」では、ある女性医師の無給医問題が取り上げられていました。その女性医師は大学病院の研修医の時に妊娠して産休を取り、ポストを後輩に譲ることになったそうです。自分の地位を譲ってしまった結果、給料がゼロになったというのです。
大学病院では給与をもらえる医師の人数が限られていて、若年であったり、女性のように子育てなどで勤務に制限があったりする場合、タダ働きを余儀なくされる医師もいるようです。
給料がもらえなければ就労証明をもらうことができません。前述した女性医師は、子どもを保育園に入れることもできずに復職を断念せざるを得なかったそうです。
「このままの薄給で医局に居続けるべきなのか?」
新研修医制度が導入されたことによって、医局のヒエラルキーを底辺で支える新人医師が外へ流出することになりました。
新人医師が増えない代わりにしわ寄せを食らう形になったのが、医局に残っていた中堅の医師たちです。彼らは新人医師の代わりに長時間労働をするばかりでなく、近年増加した医療訴訟の対策なども行わなければなりません。毎日の会議が増え、手続きのための書類が積み重なったことで、中堅医師の不満は次第に高まっていきました。
そうすると、「大学病院でこのまま滅私奉公をしても、医局制度そのものの存続が怪しい」「このまま仕事をしても報われる保証はない」と考える中堅医師も出てきます。特に医局で出世する見込みのなくなった人は、このままの薄給で医局に居続けるべきなのかということを真剣に考え始めるようになったのです。
そこで、多くの医師が医局を離れるようになりました。たとえば、教授以外が全員辞職した三重大学など、2007年や2008年には大学病院における医師の集団辞職が大きく報道されています。
藤城 健作
ウェルス・コンサルティング株式会社 代表取締役社長