今回は、製造業の技術者を年功序列で自動的に管理者にするデメリットを見ていきます。※現在の日本の製造業界は回復基調にある一方、深刻な人手不足に悩まされています。しかし、旧態依然としたトップダウン型の組織を廃止し、業務の細分化、社員への決裁権の譲渡などを実施することで、業務の効率化を図れるだけでなく、若い世代がすぐに活躍できる職場環境を生み出すことが可能です。本連載では、中小製造業の生き残りを可能にする「組織づくり」を解説します。

ピラミッド型組織の「もう一つの弊害」

ピラミッド型組織のもう一つの弊害は、本来上司になるべきではない人間が、つまりは管理職としての能力がない社員が、その立場に置かれてしまうおそれがあることです。

 

昔に比べ年功序列が崩れてきているとはいえ、日本ではいまだ多くの会社が、ある程度の年齢になると、平社員は班長に、班長は係長に、係長は課長にと、昇進させるのが通例となっています。

 

しかし、そのように管理職の地位を与えられた社員のうち、果たしてどれだけの者がその地位にふさわしい知識・スキルを備えているのかは疑問です。

 

管理職には、マネジメントの能力が求められることになります。具体的には、部下と適切なコミュニケーションを取り、仕事をやりやすい環境をつくること、仕事をする上で必要な指示をわかりやすく出すスキルが求められます。

 

一言で言えば、「部下の能力を最大限に発揮させた上で、部下の幸せを願い追求すること」――それが管理職の仕事なのです。

 

昨日まで現場で一生懸命機械の部品をつくっていたような人たちが、はたしてそのようなマネジメントのスキルをしっかりと持っているのでしょうか。

 

ことに、工場で働いている作業員の中には、技術は非常に優れているものの、職人気質が強く人に対して苦手意識をもっていたり、対人関係を不得意としているような人も珍しくありません。

 

そのような社員が部下のマネジメントを行う立場に置かれた結果、どうなるのか。“最高の技術者”が“最低の管理者”になってしまうのです。

 

「あの人は部下と満足にコミュニケーションを取れない」

「何を指示しているのか不明確だ」

「どうしようもないダメ係長だ」

 

などと他の社員から批判や不満を受けるような存在になってしまうのです。

 

なお、有能な能力をもっていた人が出世した結果、無能な管理職となってしまうこの現象は「ピーターの法則」といわれています。

 

[図表1]ピーターの法則イメージ図

 

このように、何らかの専門職としては非常に優れた技術・技能を発揮して会社の売上・利益に大きな貢献をしていたような社員が、管理職としては全く役に立たない存在になり、会社からお荷物扱いされるようなことになったら、おそらくその社員は悩み苦しみ、最悪の場合、ストレスによって心身の健康を損ねてしまうかもしれません。

 

一般的に「部下の教育を任されることで、本人も成長できる」といわれることもありますが、私はなりたくない人や不向きの人を管理職に就かせても、誰も幸せになることは無いと思います。

 

そもそも、大勢の部下を管理し、その一人ひとりに対して細かく気を配ることはたとえ十分なマネジメント能力があったとしても、負担が大きく大変な仕事です。

 

そのためか、今の若い人たちの間では「管理職になりたくない」という人の数が着実に増えています。

 

たとえば、リクルートマネジメントソリューションズが3年おきに実施している「新人・若手の意識調査」によると、「あなたは管理職(組織やグループを統括・運営する立場)にどれくらいなりたいですか」という質問に対して、「管理職になりたい」および「どちらかといえばなりたい」と回答した肯定派の割合は大きく減少しています。2010年の新人ではその両者の回答を合わせた割合が55.8%だったのが、2016年の新人では31.9%と5割を割っているのです。

 

しかも、「管理職になりたくない」「どちらかといえばなりたくない」という否定派の割合は37.9%に達しており、同調査で初めて管理職になりたい人たちを上回る結果となっています。

無理に管理職にすることが、社員のストレスに…

なお、近時の新聞報道によると、「労働政策研究・研修機構」が2018年2~3月に正社員を対象に実施した調査(1万2355人が回答)を厚生労働省が分析したところ、役職についていない社員のうち、「管理職以上に昇進したいとは思わない」が61.1%に上り、「管理職以上に昇進したい」は38.9%にとどまっていました。

 

昇進を望まない理由(複数回答)では、「責任が重くなる」が71.3%で最も多く、「業務量が増え、長時間労働になる」が65.8%、「現在の職務内容で働き続けたい」と「部下を管理・指導できる自信がない」が57.7%で続いていました。

 

これらの理由の中でも示されていますが、「自分はいつまでも工場の現場の技術者として働いていたいから、管理職にはなりたくない」と思っている人は、とりわけ製造業の世界には多いはずです。

 

とはいえ、会社側としてどうしても管理職になって欲しいと思う人はいるでしょう。お互いのチャレンジであり、向き不向きの確認です。前述したように、管理職になった後、管理職に向いていなかったということをお互いに気付けば、あまり躊躇せずに降格の措置を取りましょう。変なプライドよりも、本人や部下たちの成長と幸せを優先すれば当然のことです。一般的に降格をさせる会社は少ないと思いますが、社員と部下の幸せを考えて正しく評価することが大切です。

 

また、下に挙げたのは、東京大学発のベンチャー企業として知られる情報基盤開発によってまとめられた業種別の「高ストレス者」の割合と「総合健康リスク」に関する表です。

 

[図表2]製造業では高ストレス者が多いことを示す表

出典:株式会社情報基盤開発調べ
出典:株式会社情報基盤開発調べ

 

「高ストレス者」とは厚生労働省のマニュアルに定められた基準に基づいて高ストレスの状態にあると判断された者を意味します。一方、「総合健康リスク」とは、健康の危険度を予想する指標であり、全国平均を100として設定されます。

 

そこに示されているように、製造業は男女ともに「高ストレス者」の割合が高く出ており、特に男性についてはその割合が19%を超えています。

 

また、「総合健康リスク」についても男女共に平均以上であり、男性については全国平均より10%以上リスクが高くなっています。

 

このように、製造業は他と比べて心身にストレスがかかりやすい業種であり、職場のメンタル対策が強く求められている現状にあるといえます。

 

にもかかわらず、本来管理職としての適性がないような人を、あるいは管理職に就くことを全く望んでいないような人をその地位につけることは、社員のメンタルヘルスへの配慮が求められている現在のビジネスの流れに逆らうものといっても過言ではないでしょう。

 

 

大野 孝久

大野精工株式会社 代表取締役社長

 

超人材難でも儲かる工場の組織づくり

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大野 孝久

幻冬舎メディアコンサルティング

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