前回は、管理職になりたくないという人が増えている理由について解説しました。今回は、今の若手社員の仕事に対しての考えかたについて見ていきます。

「終身雇用の崩壊」が若者から企業への忠誠心を奪った

1961年生まれの私が新入社員だった頃は、仕事で上司から何かを指示された場合、返事は「はい!」しかあり得ませんでした。

 

ところが現在、若手社員に業務上で何らかの指示を与えると、「その仕事がどのような意味を持つのか説明してください」とか「なぜ私がその仕事に適任だと思われたのですか?」などと、平気で訊いてくるのです。

 

もちろん、仕事なのですから理由はあります。説明しろと言われれば、説明できないことはありません。しかし、心のどこかで「そんなつまらないことでおれの時間を奪うな」という気持ちが芽生えてしまうと述懐する管理職も少なくありません。

 

実際、説明をしたところで、彼らの仕事内容が変わるわけではないのです。説明を聞いてから「やりたくありません」と断る人にも、今のところ出くわしたことはありません。だとしたら、くだくだしい説明は省いて、さっさと仕事に取り掛かってほしいというのが、昭和を生きてきた管理職の本心です。

 

しかし、最近の若手社員は「とりあえず黙って命令に従う」ことをしません。たとえ、表面上はそうしたとしても、顔には不満の色が出ています。「背中を見て学ぶ」とか「仕事は教わらずに見て盗む」とか「3年は我慢して働く」とか、そういった旧来の丁稚奉公(でっちぼうこう)の価値観は古くなってしまったようです。

 

あまり昔のことばかり言うと嫌われてしまいそうですが、私が若い頃は「若手社員は会社の利益に貢献していないから、一人前になるまでは自己主張せずに滅私奉公(めっしほうこう)するべし」と言われていましたし、それを当たり前と受け入れる感覚がありました。しかし、今の若手社員の多くには、良きにつけ悪しきにつけ、そのような前時代の常識が通用しません。「丁稚奉公(でっちぼうこう)」の論理が成り立ったのは、終身雇用と年功序列が保証されていて、若いうちは低い給料で我慢していても、年を取ったときにその分をプラスして厚遇してもらえると期待できたときだけです(図表1 ホステージ理論 参照)。

 

[図表1]ホステージ理論

【出典】今井賢一・小宮隆太郎『日本の企業』(東京大学出版会)
【出典】今井賢一・小宮隆太郎『日本の企業』(東京大学出版会)

 

しかし、読者諸賢もご存じのように、日本企業からは社員に終身雇用を保証するだけの体力が失われてきました。大手電機メーカーのリストラや身売り騒動を見るにつけ、若い人が企業に対する信用を失うのも無理はないと感じます。

 

その結果、たとえ正社員といえども、若手のうちはいつでも転職が可能であるし、それを悪いとも思わないような風潮ができてしまいました。端的にいえば、会社に対する忠誠心がなくなったのです。

 

アメリカの人材コンサルティング会社が2013年に行った「従業員忠誠度(employee engagement)の各国比較」によれば、日本の社員で「会社に強く忠誠心を感じている(highly engaged)」と回答した人の割合は、調査対象国中で最低の9%でした。

 

一方、「会社に反感を持っている」と回答した人の割合は調査対象先進国中で最高の33%でした。別の調査でも、日本のサラリーマンは、世界で最も自分の働く会社を信用していないという結果が出ています。日本企業はいつのまにか、社員に嫌われる会社になっていたのです。

 

[図表2]国別の従業員忠誠度比較

【出典】岡本純子「日本人は世界一、自分の会社を嫌っている」東洋経済オンライン
【出典】岡本純子「日本人は世界一、自分の会社を嫌っている」東洋経済オンライン

 

会社と社員との間のエンゲージメント(絆)が失われてしまえば、残るのはただの利害関係です。社員は常に会社に搾取されていないかを気にするようになり、会社は社員に裏切られないかと社員を監視するようになります。そこまでいかなくても、もらっている給料以上に働くことをばかばかしく感じ、会社と社員とは労働契約によって結ばれた利害関係でつながっているにすぎないと冷めた考え方をするようになります。

 

実際、近年のブラック企業告発の流れやCSRやコンプライアンス重視の風潮には、このような会社と社員との関係の変化が背景にあります。このような時代の変化を最も鋭敏に感じているのが若手社員です。彼らは会社と社員とがファミリーであった時代を知らず、それを話として聞いても、うらやましいとは思いません。それよりも、労働契約にのっとって有給休暇を何の遠慮もなく取得できたり、サービス残業を拒否できたりすることのほうを望みます。

 

言い換えれば、昭和を引きずるベテラン社員と、平成生まれの若手社員では、会社との関係性についての前提条件が異なります。私が新人だった頃は、上司によく飲みに誘われましたし、誘われたらそれがどんな相手であっても二つ返事で参加していました。断るという考えはありませんでした。それはお酒を飲むのも、お酒の場で上司や同僚と会話をするのも楽しかったからです。しかし、今の若手社員には、会社の飲み会はそれほど楽しくないと感じている人もいるようです。いったい、彼らはどのような感性を持っているのか、どのような働きかけをすれば仕事のやる気が高まるのか、頭を抱えている管理職が大勢います。

売り手市場の現在、若手確保には労働環境の改善が必須

リクルートワークス研究所の調査によると、2019年3月卒業の大学生・大学院生の求人倍率は1.88倍。民間企業の求人総数81.4万人に対し、就職希望の新卒が43.2万人しかいないことになります。いわば、よほど成績が悪かったり、面接で悪印象を残したりしない限り、希望者は全員どこかに就職できる売り手市場になっています。

 

大卒求人倍率は2013年から7年連続で上昇しており、新卒採用史上、かつてないほど人手不足感が高まっています。日本の大卒求人倍率は、団塊(だんかい)ジュニア世代が就職戦線を戦った1996年に1.08倍、ミニマムライフ世代が社会人になった2000年に0.99倍と、長いこと就職氷河期が続いていましたが、2010年代になって本格的に回復のきざしを見せてきました。

 

[図表3]従業員規模別 求人倍率の推移

【出典】リクルートワークス研究所「大卒求人倍率調査(2019 年卒)」
【出典】リクルートワークス研究所「大卒求人倍率調査(2019 年卒)」

 

そのためかどうかは分かりませんが、若手社員の中には、何か気にくわないことがあるとすぐに転職を考える人が増えてきたように思います。20代のうちは「第二新卒」といって積極的に採用をする企業も多いため、転職先には困らないというのです。

 

もちろん、大卒求人倍率が上がったといってもせいぜい2倍弱ですから、バブル景気の頃には遠く及びませんが、それでもひところに比べれば転職市場は活気づいています。ただし、ここで注意しておきたいのは、求人倍率はあくまでも平均の数値にすぎないことです。

 

実際のところ、売り手市場といってもそれは中小企業だけの話で、従業員数が5000人以上の大手企業に限っていえば求人倍率は0.37倍。2.5人に1人しか採用されない狭き門です。なおかつ、その中でも多くの人が希望する人気業種や、一部上場など大手の人気企業に限っていえば、その競争率はかなり高くなります。

 

そのため、第二新卒などで転職が自由になったのは、あくまでも中小企業の話です。しかし、日本の企業の99.7%は中小企業ですから、その意味では売り手市場というのも、それほど間違った話ではありません。従業員数300人未満の中小企業では、求人倍率は9.91倍。10人の採用を打ち出しても、就職を希望する新卒が1人しか説明会に来てくれない状況です。

 

また、業種ごとの偏りも大きく、流通業は12.57倍、建設業は9.55倍と、不人気の度合いが高まっています。その背景には、学生の労働環境に対する意識の高まりがあると見られています。

 

つまり、従業員300人未満の中小企業、および流通業や建設業、飲食サービス業、介護サービス業など、きついイメージのある業界は人手不足に悩まざるを得ません。逆にいえば、人材の採用に苦しんでいる企業は、まず実際に労働環境の改善に励むとともに、自社がいかに働きやすい企業であるかのアピールと、入社した若手社員が挫折しないようなフォローとケアとが必要になってきます。

 

なぜならば、せっかく入社した新卒社員も、従業員数が100~499人の企業の場合、1年以内に約12%、3年以内に約30%が離職してしまうことが分かっているからです。従業員数が30~99人の企業であれば状況はさらにひどく、1年以内に約16%、3年以内に約40%が離職します。そして従業員数5~29人の企業の場合は、1年以内に約22%、3年以内に約50%が辞めてしまうのです。

 

従業員の少なさと早期離職率の高さが相関関係にあるということは、会社の規模や安定性が、労働意欲と強く結びついていることです。

 

実際、厚生労働省の「第6回21世紀成年者縦断調査」によると、退職理由は「給与・報酬が少なかったから」、「経営方針に不満を感じたから」、「労働時間が長かったから・休暇が少なかったから」、「会社の将来に不安を感じたから」など、中小企業の至らなさを責めるような文言ばかりが並んでいます。「仕事のやりがい」や「人間関係」がどんなに充実していても、労働環境が悪ければ、若い人はついてきてくれないのです。

 

人材獲得はライバルとの競争ですから、労働時間や給与相場は業界の平均水準に見劣りがしないように改善しつつ、自社の魅力をアピールしていかねばなりません。

 

そこまでする必要があるのかとお考えの方もいるかもしれませんが、もし御社が採用に苦戦しているのであれば、ぜひやるべきだと思います。労働環境とマネジメントの改善は、ただ若手社員を確保するだけでなく、仕事の生産性を上げることにもつながってくるからです。

 

一度入社した会社には骨を埋める覚悟で頑張るとか、石にかじりついてでも3年は努力するとか、そのような根性論はすでに廃れています。グローバル化の進展とともに日本の労働市場も流動性が高まり、より自分らしく働ける職場を求めての転職も当たり前のものとなりました。

 

不況のときにリストラを敢行し、終身雇用が過去のものとなったことを大々的に示した日本企業に対し、忠誠を尽くして永続的な社員になろうという若手社員はもはやほとんどいなくなりました。彼らは企業に頼ることなく、自分の人生は自分でキャリアデザインしていかねばならないと考え始めているのです。

 

 

西村 直哉

株式会社キャリアネットワーク代表取締役社長
人材育成・組織行動調査のコンサルタント

 

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