<あらすじ>ほんの少しのほころびから、妻に浮気を疑われている倉田。仕事と遊び、それぞれの幸せを見つけたと同時に、失う恐怖に怯えはじめる。一方その頃、山本は通訳を連れ、マレーシアに降り立っていた…。一部の富裕層しか知らない、「愛人」を持つことの金銭的な損得勘定に真剣に迫るリアル小説、男編〜第10回

「あーよく寝た」

 

飛行機から降りた金井マリエは、大きく全身を伸ばした。

 

「今って何時?」

 

「えっと、日本より1時間遅れだから……朝の6時かな」

 

腕時計の針を1時間巻き戻しながら、山本が答えた。

 

「早ーい!」

 

「しょうがないじゃないか。午前中に着く便はこれしかなかったんだから」

 

「夕方着く便で『前乗り』すればよかったのに」

 

「強行スケジュールなんだから仕方ないよ」

 

「はいはい。遊びじゃないもんね」

 

クアラルンプール国際空港に着いたふたりは、 スーツケースをピックアップし、速やかにタクシーへ乗り込んだ。

 

「マンダリンオリエンタルホテルまで」

 

「ちょっと、日本語で言っても通じないわよ」

 

しかし、タクシードライバーはホテル名を聞き取れたらしく、復唱すると、すぐに車を発車させた。

 

「お前わかってんだろうな。今回マリエは通訳として連れてきてるんだぞ。俺は日本語しかできないから、すぐに英訳してくれよ」

 

「わかったわよ。でも現地案内は、日本語の通じるスタッフが同行してくれるんでしょ?」

 

「ああ。だから本当は、俺一人でもよかったんだ」

 

「強がっちゃって。私のこと連れて来たかったくせに」

 

返事をする代わりに、山本はマリエにキスをした。

 

山本がクアラルンプールへ来た目的は、不動産の購入だ。

 

先日、海外不動産の投資系サイトを手がけたのをきっかけに、自分でも購入してみたくなったのだ。

 

投資を目的とした海外不動産の売買は、富裕層の間で流行している。だが知識も必要だし、中には悪質な投資会社もあるので、ある程度の審美眼が必要となる。山本はその点、自社で専門サイトを制作するのに並行し、そこそこの知識はインプットしていた。

 

(ユカリに悪いことしたかな……)

 

マレーシアへ視察旅行に行くと話した時、ユカリは「私も行きたい」と言っていた。

 

だが、彼女は海外未経験でパスポートすら持っていなかった。今回は出発まで時間がなかったので「お土産買ってくるよ」と言ってなだめておいた。

 

以前から山本の会社では、グローバル向けコンテンツ制作の際、翻訳を専門企業に外注している。マリエはそこの担当者だ。

 

マレーシアの公用語はマレー語だが、イギリスの植民地下だった背景から英語は通じる。そこで英語の堪能なマリエを同行させた。

 

取引先ということもあり、まだ山本はマリエと深い関係になっていない。これまでも食事や飲みに行ったことはあるが、キスしてお別れの微妙な関係だ。

 

おそらく今夜、マリエとは深い関係になるだろう。ホテルの部屋は1つしか取っていないし、そのことはマリエも承知している。まさか別々のベッドで寝る羽目にはなるまい。

 

ホテルに着いた山本は、はやる心を抑えつつチェックインを済ませ、客室へと移動した。

 

部屋に入ったマリエは、すぐにカーテンを開け放し、窓から見える景色にはしゃいでいた。

 

+ + +

 

女にはいろんなタイプがいるが、山本が好きになるのはいつも、天真爛漫で裏表のない、サバサバした子ばかりだ。

 

ユカリにしても、マリエにしても、歳は違うがキャラは似ている。若干マリエのほうがしっかりして見えるのは、自分で稼ぎ自立しているせいだろうか。

 

サバサバした女が好きなもうひとつの理由は、別れるときにこじれないからというのもある。

 

これまで順風満帆な人生を送ってきたつもりだが、唯一失敗したのは、真逆のタイプを妻に選んでしまったことだ。

 

思春期の娘と妻は徒党を組んでいる。万が一、愛人がいることが発覚した日には、女ふたりで山本を糾弾するに違いない。

 

そういえば、倉田は大丈夫だろうか。

 

先日のゴルフで聞いた限りでは、まだ怪しまれてる段階のようだが、いつバレないとも限らない。

 

愛人の存在がバレたとき、妻の怒りは女と金へと向かう。妻より愛人への投資額が多かった場合、さらに怒りは倍増する。

 

幸い、倉田はまだマナミに小遣い以上の貢ぎ物はしていないらしい。同じ穴のムジナとして「俺よりマシ」だと山本はたしなめた。

 

+ + +

 

翌朝、現地を案内するスタッフが、ホテルまで迎えに来た。マリエは山本と腕を絡めたまま、スタッフの運転する車に乗り込んだ。

 

案の定、昨夜は熱いひとときを過ごした。

 

これまで仕事を言い訳に触れ合うことを自粛していた反動で、マリエは何度も山本を求めた。受け身なユカリとは違い、積極的なマリエとの行為に、山本はいつになく興奮を覚えた。

 

「クアラルンプールのマンションは、窓からペトロナスツインタワーが見えると価値が変わるです」

 

日本語がたどたどしいガイドの案内で内見したタワーマンションの一室からは、市内のシンボルであるペトロナスツインタワーがわずかに見えた。

 

地震のないマレーシアはタワーが林立しており、建物によって景観はずいぶん違うらしい。

 

「マレーシアだったら、ランカウイとかペナンとか、リゾート地にすればいいのに。そうすればバカンスに使えるじゃん」

 

「今回買うのは別荘じゃないよ。しばらく賃貸に出して、値上がりしたら売るつもりだから」

 

「ふーん」

 

たった一晩、肌を寄せ合っただけで恋人気取りするマリエに、山本は急激に心が冷えるのを感じた。

 

面倒な女は、愛人にはふさわしくない。愛人に必要なのは、経済的な自立ではなく精神的な自立だ。その点、ユカリはパーフェクトな女である。

 

(やっぱりユカリを連れてくればよかったかな)

 

東京にいる愛人に想いを馳せたことを察知されたかのように、山本のスマホが鳴った。
 

〜監修税理士のコメント〜

※海外不動産の購入は節税になる?


編集N 国内と海外の不動産投資って、何が違うんですか?


税理士 海外不動産の特徴は、日本の不動産に比べて土地の価格が低いということが言えます。つまり、同じ投資額で比較した場合に国内の不動産よりも海外の不動産の方が建物の比率が高いため、建物の「減価償却費」が多くとれるというメリットがあります。


編集N そもそも、どのへんが節税になるのでしょうか?


税理士 節税手法の典型例は、海外の中古物件を購入してそれを賃貸するという方法です。賃料によって収入を得つつ、減価償却費という経費を上手に活用して不動産所得を赤字にし、日本の所得と損益通算して納税額を圧縮するというものです。

なぜ海外の中古物件なのかというと、次の2点がポイントになります。

一つは、先程述べた建物比率が高いという点。海外不動産は一般的に土地代よりも建物代の占める割合が大きいため、不動産所得の必要経費になる減価償却費が多くとれます。

二つ目は、耐用年数の短さです。中古物件の場合には減価償却の耐用年数を短縮することができるため、建物の築年数が古いほど減価償却費が多くとれるというメリットがあります。


編集N なるほど。不動産投資を赤字として申告することで、税金を抑えることができるんですね。じゃあ儲かり過ぎたらバンバン不動産買えばいいじゃないですか?


税理士 不動産投資には「空室リスク」と「値下がりリスク」がありますので、バンバン買えば良いというものではありません。

さらに海外の不動産の場合には「為替リスク」があります。いくら収益率が良かったり資産価格が上がったとしても、現地の通貨が安くなってしまえば思ったような結果は得られません。

何事も慎重に調査・検討して決定することが重要ですね。

 

(つづく)

 

 

監修税理士:服部 誠

税理士法人レガート 代表社員・税理士

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この物語はフィクションです。

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