愛人に「貢いだ金銭」は、別れた後に回収できる?

興信所から届いた夫の不倫写真のなかに、自身の元愛人・巧が夫の浮気相手と一緒にいる姿を見つけ、動揺する雪江。しかし、巧とはもう別れたのだと気を取り直すと、不倫の証拠写真と離婚届を夫に突きつける。後日、慰謝料と財産分与の取り決めを公正証書に残し、夫とともに、区役所へ離婚届を提出しに行く道すがら、雪江は(これで最後だから…)と、ふと夫の腕に自分の腕を絡めた。一部の富裕層しか知らない、「愛人」を持つことの金銭的な損得勘定に真剣に迫るリアル小説、女編〜第14回。

 

離婚で何が一番面倒かといえば、結婚していた頃の苗字を旧姓に戻すことだろう。

 

子供がいるわけでもなく、夫の苗字を名乗り続ける理由もない雪江は、離婚を機に旧姓へと戻した。

 

そのため、あらゆる氏名を「田辺雪江」に変更する作業が発生した。

 

年明けの初出勤時、スタッフに「苗字が変わる理由」を公表した。

 

「倉田、じゃなくて、えっと……田辺さん」

 

スタッフたちは、胸元のネームプレートを見て、慌てて言い直す。

 

クリニックに入った当時からずっと「倉田さん」と呼んでいたのだから仕方がない。逆に雪江は申し訳ない気持ちになった。

 

「僕は最初から『雪江ちゃん』と呼んでいたから、何の問題もないね」

 

伊藤先輩は「皆もそう呼べばいいのに」と言うが、若い衛生士や助手の子たちが10歳以上年上の医師を下の名前で呼ぶなんて、できるはずがない。

 

「そのうち慣れてくれるわよ」

 

雪江はそう言いつつ、自分から「倉田」が完全に消えてしまう未来を案じ、なぜか少し寂しい気持ちになった。

 

夫婦でなくなれば、相手がどんな不貞を働こうと関係ない。離婚して一週間、まだ自分が独身になった今の生活に実感は沸かない。長い夢でも見ているんじゃないか、と錯覚することがある。

 

巧との日々も、夫に不満を溜めていた時期も、別居したことも、ふたりで離婚届を出しに行ったことも。

 

地に足がついていない。

 

ずっとフワフワしたまま、時間だけが過ぎてゆくような感覚。

 

だが仕事を終え、独りの部屋に帰宅した瞬間「これが現実なんだ」と思い知らされる。

 

この部屋は当初、巧のために購入したものだ。短い期間とはいえ、ここに巧は住んでいた。仕事帰りに、何度もここへ立ち寄った。何度も何度も、ここで巧に抱かれた。

 

あの時と今では、置いてある家具もカーテンも全部違うけれど、まだなんとなく「巧」の気配がここに残っているような気がする。

 

居るはずのない巧の幻影が浮かぶたび、雪江は切ない気持ちになる。

 

この選択は、決して間違いではない。巧と別れたことも、夫と離婚したことも、必然だったと言い切れる。

 

頭ではわかっていても心がついていかないのは、たぶんまだ「好き」が残っているからだ。

 

巧のことも、夫のことも。

 

***

 

慌ただしく時間だけが過ぎてゆく。

 

ちょうど年明けから「分院」が具体化したため、雪江は自身が院長となるクリニックを春先に開院すべく、奔走していた。

 

開業資金の大半は伊藤が出資したが、雪江も分院を機に経営陣となるべく、元夫から「退職金」として貰った慰謝料を全額出資に回した。

 

巧に貢いだ金銭を少しでも回収(※)できればよかったが、そんな不粋なことできるはずがない。

 

高い勉強代だった、と雪江は思った。

 

イレギュラーな業務が増える中、患者は次々にやってくる。通常の診療をこなしていると、時間が経つのはあっという間だ。

 

「次の患者さん、妊娠中だそうです」

 

診察室に入る前に、助手の子から申し送りがあった。

 

マスクをして、初診の際に患者から記入してもらったシートを見ながら診察室に入る。

 

診療台で助手にエプロンをつけられた若い女性患者を見て、雪江は「あっ」と心の中で小さく叫んだ。

 

(なんでここに……⁉︎)

 

この顔には見覚えがある。間違いない。この子は「倉田の愛人」だ。

 

雪江は、もう一度初診シートを確認した。氏名欄には「古賀真由美」と書かれてあった。

 

パズルのピースがカチッとハマった。

 

***

 

やはり、夫の愛人と「真由美」は同一人物だった。

 

巧の部屋に、ピンクのスマホを忘れた子だ。

 

患者の個人情報は、治療に必要な時以外、持ち出すことは厳禁である。わかっていながら真由美の初診シートをこっそりコピーして、持ち帰ってしまった。

 

管理人に預けたあのピンクのスマホは、持ち主である真由美の元に戻っていなかったらしい。会計を待つ間、彼女が待合室で手に持っていたスマホは、別の物だった。

 

どうしてこんなに「真由美」のことが気になってしまうのだろうか。

 

彼女のこととなると、なぜ見境なく自分はタブーを犯してしまうのか。もはや雪江自身にも、その衝動だけは理解できない。

 

「妊娠中」と歯科助手は言っていた。初診シートにも、妊娠している可能性の欄に○がついている。

 

(どっちの子なんだろう)

 

巧なのか。それとも夫なのか。あるいは、どちらでもない、他の男なのか……。本人にでも聞かなければ、その答えを得ることはできない。

 

そもそも誰の子であろうと、もはや雪江には関係のないことだ。

 

愛人稼業をするような女を、雪江は軽蔑している。

 

女を売りにできるなんて、若いうちだけだ。人生で最も自由に夢を実現すべく行動できる貴重な20代を「男から貢がれる生活」でやり過ごしてしまったら、若さを失った後、どうやって生きていくつもりなのか。

 

だけど真由美は子供を宿している。

 

雪江には得ることのできなかった「子供を産み母になる」未来を、彼女は手に入れた。

 

夫の子であれば、きっと夫は彼女と再婚し、不自由ない暮らしを与えるだろう。

 

巧の子だとしたら……彼は父親になる覚悟はあるだろうか。

 

ふと、雪江は初診シートに書かれている真由美の住所を見た。

 

品川区。

 

クリニックからは決して近くはない。

 

(もしかして、私に会いに来た……?)

 

雪江が真由美を気にせずにはいられないように、彼女もまた、どちらかの男から雪江の存在を知り、接触を試みたのではないか。

 

身震いがした。

 

一体、何の目的なんだろう……。

 

(つづく)

 

~監修税理士のコメント~

※ 愛人と別れた後、貢いだ金銭は請求できる?

 

編集N 雪江は諦めてましたが、実際のところ、愛人に貢いだ金って請求してもいいんじゃないですか?

 

税理士 愛人から回収するかはともかく、これまで貢いだ金銭を「業務上の支出」と偽って計上していたことが発覚した場合には、当然ながらペナルティが発生します。
例えば、業務に無関係の特殊関係人(愛人)に賃金を支払って経費としていた場合には、架空給与となりますので経費には認められず、重加算税の対象にもなってしまいます。

 

編集N 重加算税っていくらくらいになるんですか?

 

税理士 重加算税は、増差税額(追加で納める本税)の35%です。さらに、否認された年度の納付期限から実際に納める日までの延滞税も加算されますので相当の金額になりますね。

 

編集N ヤバいですね! だったらなおのこと、愛人から返してもらいたい!

 

税理士 一旦あげたお金を相手から返してもらうと、今度は雪江に贈与税がかかる危険性もあるので注意が必要です。安易に返してもらうのもどうかと思いますね。

 

愛人に払ったものが架空給与であることがバレて一度でも重加算税が課されると、「脱税志向あり」と税務署からマークされ、以降、定期的に税務調査が入り、当然ながらチェックも厳しくなります。

 

節税のつもりで虚偽や架空の経費を計上して申告することは、精神的にも経済的にも決して得ではありません。

 

編集N 愛人には、ポケットマネーの範囲で貢ぐのが鉄則ですね。

 

税理士 当然です!

 

 

監修税理士:服部 誠

税理士法人レガート 代表社員・税理士

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作家/コラムニスト

1969年4月3日生まれ。東京都出身。跡見学園大学短期大学部生活芸術家中退。
2006年デビュー。『人のオトコを奪(と)る方法』『「アブナイ恋」を「運命の恋」に変える!』『アラフォー独女の生きる道』他、著作多数。
豊富な体験と取材から得た“血肉データ”による独自の恋愛観が定評。浮気や不倫といった「大人の恋愛」に造詣が深い。
富裕層の家庭で育ち、自身も自営業として節税に励んでいる。
「AllAbout」「ハウコレ」等、連載多数。

著者紹介

連載連載小説・愛人節税

 

 

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