前回に引き続き、セガ・エンタープライゼス事件について見ていきます。「なぜ会社が負けたのか」が今回のテーマです。※本連載は、堀下社会保険労務士事務所所長で社会保険労務士の堀下和紀氏、穴井りゅうじ社会保険労務士事務所所長で社会保険労務士の穴井隆二氏、ブレイス法律事務所所長で弁護士の渡邊直貴氏、神戸三田法律事務所所長で弁護士の兵頭尚氏の共著、『労務管理は負け裁判に学べ!』(労働新聞社)より一部を抜粋し、会社側が負けた労働判例をもとに労務管理のポイントを見ていきます。

能力不足の社員を、注意・指導した証拠を残さなかった

前回の続きです。

 

1.会社の注意・指導

 

本決定は、就業規則の「労働能力が劣り、向上の見込みがない」について、平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、「著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがないとき」でなければならないと限定解釈したうえで、会社が主張する「積極性がない」「協調性がない」等の抽象的理由には事実の裏付けがないこと、また会社が教育、指導することによりXの労働能率を向上させる余地があったのに一部を除きこれを怠ったこと等を理由に、「労働能力が劣り、向上の見込みがない」場合に該当しないと判断しました。

 

解雇事由該当性の判断を巡って、このように限定解釈されることは実務上しばしば見受けられることです。特に、能力不足を理由とする解雇の場合、どのような文言にしようと、社員の著しい能力不足と会社の注意・指導が要求されます。

 

したがって、会社としては、平素から、ある社員が能力不足であると感じた場合、能力不足の根拠となる具体的な事実を示したうえで、当該社員を注意・指導する必要があります。そして、このような注意・指導を文書で行うなどして証拠化するべきでした。

 

会社が日々このような努力を行っていれば、「事実の裏付けがない」「教育、指導を怠った」と非難されることもなかったでしょう。

 

このように注意・指導が一部を除き行われていないこと(その証拠もないこと)が敗因の1つとなっています。

 

なお、会社の主張する解雇事由とそれに対する裁判所の判断内容を整理します。

 

[図表]

 

「形式的な本採用」を行ったことも敗因の1つ

2.形式的な本採用

 

会社は、Xの入社後、試用期間3カ月を経過して正式採用していますが、本決定は、「入社後3カ月を経過して債務者に正式に採用されたことからすると、当時労働能力ないし適格性が欠如していたということはできない」と判断しています。

 

この点について、会社は、「従来問題のある社員でも試用期間経過後正式に採用しなかったことはない」と反論していますが、本決定は、「前例がなかったというにすぎず、正式採用しないという措置を採り得たことに変わりな」いとして、会社の反論を退けています。

 

形式的に正式採用したことも敗因の1つとなっています。

 

3.相対評価

 

繰り返しになりますが、本決定は、就業規則の「労働能力が劣り、向上の見込みがない」について、平均的な水準に達していないというだけでは不十分であると限定解釈しています。

 

相対的に考課順位が下位の者を退職勧奨や解雇して社員の水準が全体として向上しても、相対的に下位の者がいなくなることはありえず、毎年一定割合の社員を解雇することが可能となるが、常に相対的に下位の者の解雇を許容するものと解することはできないことを理由としています。

 

人事考課が相対評価であり絶対評価でなかったことも敗因の1つとなっています。

 

結局、本件の負けたポイントをまとめますと、以下の3つとなります。

 

〈裁判で負けたポイント〉

 

1.注意・指導が一部を除き行われていないこと(その証拠もないこと)

2.形式的に本採用したこと

3.人事考課が相対評価であり絶対評価でないこと能力不足社員の解雇に関する、過去の裁判例を第23回で紹介します。解雇が有効となるためには、どの程度能力が不足していることが必要か、どの程度の注意・指導が必要かの参考としてください。

労務管理は負け裁判に学べ!

労務管理は負け裁判に学べ!

堀下 和紀,穴井 隆二,渡邉 直貴,兵頭 尚

労働新聞社

なぜ負けたのか? どうすれば勝てたのか? 「負けに不思議の負けなし」をコンセプトに、企業が負けた22の裁判例を弁護士が事実関係等を詳細に分析、社労士が敗因をフォローするための労務管理のポイントを分かりやすく解説…

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