「言われなくても、返す段取りしてるわ!」
前回の続きです。
銀行交渉は、借りることばかりではありません。
返すための交渉も、あるのです。
が、借りるよりも返す交渉のほうが、
数倍大きなエネルギーが必要、という事が多いのです。
ある会社が、融資条件の悪いA銀行へ、
一気に返済する準備を整えていました。
あとは、A銀行に電話を入れてアポをとり、そのアポの日に、
返済金を、事前の予告なしに振り込んでしまう、
という流れです。
で、訪問する日の朝一番で振り込み完了し、
訪問時に“その振り込んだお金で返します。”
と言って、A銀行の慌てる顔を見る、
というはずでした。
ところが、逆にA銀行が、
その会社への訪問アポを、先に申し入れてきたのです。
いったい何の要件で来るのか、
その会社の後継者も私も、予測がつきませんでした。
A銀行からの訪問後、後継者から電話がかかってきました。
“支店長と担当者の二人できました。”
“で、なんて言ってるの?”
“「短期借入金は早期に返してください。
長期はそのままおいといてください。」
て、言われました。”
“えっ、こっちが返す準備をしていることを、
先方は知らないんですよね?”
“まあ、そうだったんですけど・・・。”
“えっ、どうしたの?”
“いやぁ、話しの流れの中で、相手に腹が立ってきて、
返す準備を進めていることを、言っちゃったんですよ・・・。”
これは予想外でしたが、人間とは、そういうものです。
短期借入金を返せ!と強く言われてしまい、
「言われなくても、返す段取りしてるわ!」と、
まあ、売り言葉に買い言葉、といった感じで、
言ってしまったのです。
銀行交渉時のセルフコントロールは、意外に難しいのです。
銀行は、こちらが腹の立つようなことを、
平気で言ってくるからです。
流れにのまれ、手の内を明かしてしまう結果に…
その後継者が続けて言いました。
“で、間もなく全部返すことを言うと、
「短期借入金だけ返してください。全部一気に返されたら困ります!」
って、言われたんです。”
“あたりまえですよ。そういいますよ。
だから、こちらの策を言っちゃダメだったんですよ。
じゃあ、他行で準備していることも?”
“「よそで交渉されてるんですか?」と言われて、
「そうです!」と、言ってしまいました。”
とまあ、流れにのまれて、
こちらの手の内を暴露してしまったわけです。
銀行が短期借入金の返済のみを求めてきた理由とは?
ここで、
なぜ、短期借入金の返済のみを要求してきたか、です。
この会社、借入金約1億円のうち、残高は、
短期と長期が、およそ5千万円ずつでした。
で、この短期借入金は、新たな事業への投資資金として、
借りた資金だったのです。
“短期? 投資資金なのに、どうして短期なんですか?”
と、当初、私も後継者にお聞きしました。
短期で借りたのは、A銀行支店長からの提案でした、。
“取り急ぎ、短期でお貸しします。
事業が進んだ時点で、長期に切り替えますから。”
短期融資は支店決裁です。
決算期が近かったこともあり、その支店としては、
支店全体の融資額を増やしたかったのです。
支店長は、さも便宜をはかったかのように言いますが、
自分の成績を優先し、自らの決裁で、短期融資を先行したのです。
ところが、外的事情でその新事業は頓挫しました。
しかも、その5千万円は使ったあとで、回収の見込みもなくなりました。
そのことは、融資をしたA銀行にも、伝わりました。
で、その支店長はあせったのです。
自らの決済で先行融資をした、5千万円の事業が吹き飛び、
融資の回収見込みが、消えてしまっていたのですから。
そのような結果を、銀行本部には絶対に知られたくないのです。
理由はどうあれ、不良債権を発生させたとなり、
自らの人事に、大きなマイナスとなるからです。
だから、本部決済の長期借入は後回しにして、
“まずは短期借入金のみを返済してください。
長期借入金はそのままにしておいてください。”
と、迫ってきたのです。
交渉はいよいよ、
どれを返してどれを残すのか、
あるいは全額返すのか、という接近戦に突入していったのです。
(続く)