前回に引き続き、日本ファンド事件について見ていきます。「なぜ会社が負けたのか」が今回のテーマです。※本連載は、堀下社会保険労務士事務所所長で社会保険労務士の堀下和紀氏、穴井りゅうじ社会保険労務士事務所所長で社会保険労務士の穴井隆二氏、ブレイス法律事務所所長で弁護士の渡邊直貴氏、神戸三田法律事務所所長で弁護士の兵頭尚氏の共著、『労務管理は負け裁判に学べ!』(労働新聞社)より一部を抜粋し、会社側が負けた労働判例をもとに労務管理のポイントを見ていきます。

使用者責任は「かなり広く認められる」点に注意

<なぜ会社は負けたのか? 弁護士のポイント解説>

 

パワーハラスメント(以下、「パワハラ」といいます)があった場合、パワハラの加害者は不法行為に基づく損害賠償責任を負い(民法709条)、会社は使用者責任(民法715条)または職場環境配慮義務違反(労働契約法5条)に基づく損害賠償責任を負います。

 

ここで注意しなければいけないのは、使用者責任(民法715条)はかなり広く認められるということです。使用者責任は、加害者の行為が「事業の執行について」された場合に、加害者と同額の賠償責任を使用者に負わせるものです。

 

この「事業の執行について」は、本来の事業に止まらず、事業と密接な関連性を有する行為と広く解されています。そのため、本件でも昼食時の加害行為も「事業の執行について」と認められています。そして、被用者の選任および監督に相当の注意をしたことによる使用者責任の免責(民法715条1項但書)を認めた裁判例はほとんどなく、免責はまず認められません。

 

したがって、まずはパワハラを予防することが非常に大切です。どのような行為がパワハラかわからないままでは効果的な防止策を取ることはできませんので、パワハラ防止を効果的に行うためには、裁判例の分析を行い、パワハラと指導教育として許される行為との線引きを明確にすることが必要です。次に、パワハラが発生した場合に迅速かつ適切な対応をして訴訟提起のリスクを減らすことも非常に大切です(パワハラ防止策とパワハラ発生時の初動についての具体的な内容は社労士の解説を参照ください)。

 

このようにパワハラの予防に尽力し、パワハラ発生時に迅速かつ適切な対応を取ることは、職場環境配慮義務を履行することになりますので、会社自身の責任である職場環境配慮義務違反を問われるリスクを減らすことにもつながります。

 

本件では、会社は加害者と同額の使用者責任を負わされています。会社はどうして負けてしまったのでしょうか。

具体的なパワハラ予防策を取らなかったのが敗因の1つ

1.パワハラ予防策が不十分であったこと

 

会社は、平成18年4月1日、就業規則を改訂して、「パワーハラスメントの禁止」との項目を新たに付け加えました。その項目には、「職務上の地位を利用して、他の従業員に不利益や不快感を与えたり、就業環境を悪くすると判断される行動等を行ってはならない」との規定がありました。

 

しかし、会社が、このパワハラ防止規定に基づく研修等を行って具体的にパワハラ予防を図った形跡はありません。

 

実は、会社は、同時に、就業規則の服務規程に「政治的あるいは宗教的なビラを会社の物件に貼りあるいは社内で配布し、勤務中に政治的あるいは宗教活動や集会に参加したりしないこと」という規定も加えています。これは、P部長が、業務時間中に、従業員に特定の宗教に関する新聞の購読を勧め、従業員が断ると呼び出して叱責したり、購読させた従業員に紙面の内容を理解しているか確認することを繰り返していたからです。P部長は、上記規定ができた後、新聞購読を勧誘した従業員に新聞の購読代金を返金しています。

 

このように、P部長には会社の指示に従う一面があったことからすると、会社が会社の体質を改善してパワハラ防止研修等を行い、会社としてパワハラは許さないとの姿勢を明確に示していれば、平成18年以降のP部長のパワハラは防げたはずです。

 

以上から、会社が就業規則の改訂を行ったのみで、具体的なパワハラ予防策を取らなかったことが本件の敗因の1つといえます。

会社側のパワハラの放置は、職場環境配慮義務に違反

2.パワハラ発覚後にパワハラを放置したこと

 

平成18年3月、ある従業員が、N社を退職する際、関連会社で人事および経理を統括するH部長に、P部長から嫌がらせをされたこと、P部長がいる第2事業部ではサービス残業や無給での休日出勤が常態となっていることを述べました。さらに、平成19年12月にも、X1が、H部長に、匿名の嘆願書を送りました。

 

嘆願書には、P部長が不可能な目標を掲げて、それが達成できないことを理由に退職を強要しており、このことはパワハラにあたる旨の記載や、P部長が「会社から約束通りの給料をもらっておきながら、お前らは何もしていない」「明日から来なくていい」などの発言をした旨の記載や、「過去には、強制残業、強制休日出勤をさせていましたが、今では、俺は強制していないと、知らぬ存ぜぬです」といった記載がありました。

 

したがって、会社はP部長がパワハラをしていることを認識していたと思われます。裁判所は、P部長の加害行為が事業の執行に際して行われたことのみを理由に会社の使用者責任を認めていますので、会社がP部長のパワハラを認識した後P部長にどのような対応をしたのかは正確にはわかりません。しかし、Xらが、「会社はP部長のパワハラを放置しただけなく、被害を申し出たXらへの事情聴取を行わず、逆にP部長を激励することでP部長の不法行為を助長したのであるから、会社は職場環境配慮義務に違反する」と主張していることからすると、会社は適切な対応を何ら取っていなかったことが推測できます。

 

もし、会社がXらからの事情聴取、P部長への懲戒処分、パワハラ再発防止策の実施等を迅速に行っていれば、Xらも会社での仕事に希望を持つことができ、訴訟提起までして争うことはなかったでしょう。

 

結局、本件の負けたポイントをまとめますと、以下の2つとなります。

 

<裁判で負けたポイント>

1.パワハラの予防策が不十分であったこと

2.パワハラ発覚後に適切な対応を取らなかったこと

労務管理は負け裁判に学べ!

労務管理は負け裁判に学べ!

堀下 和紀,穴井 隆二,渡邉 直貴,兵頭 尚

労働新聞社

なぜ負けたのか? どうすれば勝てたのか? 「負けに不思議の負けなし」をコンセプトに、企業が負けた22の裁判例を弁護士が事実関係等を詳細に分析、社労士が敗因をフォローするための労務管理のポイントを分かりやすく解説…

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