今回は、日本ファンド事件の判例を見ていきます。※本連載は、堀下社会保険労務士事務所所長で社会保険労務士の堀下和紀氏、穴井りゅうじ社会保険労務士事務所所長で社会保険労務士の穴井隆二氏、ブレイス法律事務所所長で弁護士の渡邊直貴氏、神戸三田法律事務所所長で弁護士の兵頭尚氏の共著、『労務管理は負け裁判に学べ!』(労働新聞社)より一部を抜粋し、会社側が負けた労働判例をもとに労務管理のポイントを見ていきます。

部長からの暴行・暴言を理由に損害賠償を請求

<判例>

日本ファンド(パワハラ)事件

(東京地裁平成22年7月27日判決、労判1016・35)

 

<負け裁判の概要>

 

1.事案の概要

 

X1~X3の3名は、N社の従業員であり、P部長(被告)はXらの上司である。本件は、Xらが、P部長から暴言・暴行を受けたと主張して、P部長に不法行為、N社に使用者責任(民法715条)または債務不履行に基づく損害賠償を請求した事案である。

 

2.当事者

 

N社は、消費者金融を営む株式会社である。

 

X1は平成15年9月、X2は平成17年2月、X3は平成15年12月に、N社に入社した。N社では、社長および副社長の役職の下に第1事業部の部長および第2事業部の部長という役職があった。P部長は、昭和62年10月のN社入社以降部長職にあり、平成19年7月には第1事業部と第2事業部を統合した事業部の部長となった。

 

P部長は、部下が目標を達成できない場合には、他の従業員が多数いる前で、「馬鹿野郎」、「会社を辞めろ」、「給料泥棒」などといって当該従業員や直属の上司を叱責することがしばしばあった。

「過重な心理的負担を与える」=「不法行為」に該当

3.Xらがパワハラと主張した行為と裁判所の認定

 

Xらがパワハラと主張したP部長の行為とそれに対する裁判所の認定は、以下の表のとおりである。

 

<X1に対する行為>

平成19年12月から20年5月下旬までの間、たばこ臭いといって、事務所に設置されている扇風機を風が直接あたるように固定して風をX1とX2に連日あてた(扇風機3台を約1.8メートルの高さから固定して風をあてる等)

 

<裁判所の結論>

嫌がらせの目的をもって長期間にわたり執拗に著しい不快感を与えており、不法行為に該当する

 

<X1に対する行為>

①平成17年9月、X1がP部長の提案した業務遂行方法を採用していなかったことから、今後どのような処分を受け入れても一切異議はない旨の始末書を提出させた

 

②平成19年6月、X1が業務の改善方法を提案したのに対して、「お前はやる気がない。なんでこんなことをいうんだ。明日から来なくていい」などと怒鳴った

 

<裁判所の結論>

P部長の下で働く従業員にとっては、P部長の言動に強い恐怖心や反発を抱きつつも、P部長に退職を強要されるかもしれないことを恐れて、それを受忍することを余儀なくさせられていた。このような背景事情に照らせば、社会通念上許される業務上の指導を超えて、過重な心理的負担を与えており、不法行為に該当する

 

<X2に対する行為>

扇風機で風を連日あてた行為はX1の欄に記載のとおり

 

<裁判所の結論>

不法行為に該当する

 

<X2に対する行為>

①平成19年8月、X2が担当していた顧客の信用情報に係る報告が信用情報機関に行われていなかったことについて、「馬鹿野郎」、「給料泥棒」、「責任をとれ」などと叱責した

 

②平成19年8月、「給料をもらっていながら仕事をしていませんでした」との文言を挿入させた上で本件念書を提出させた

 

<裁判所の結論>

自己の人格を否定するような文言を念書に書き加えさせており、X2に多大な屈辱感を与えている。P部長の下で働く従業員が、P部長の一方的かつ威圧的な言動に強い恐怖心や反発を抱きつつも、P部長に退職を強要されるかもしれないことを恐れて、それを受忍することを余儀なくさせられていたという背景事情に照らせば、社会通念上許される業務上の指導を超えて、過重な心理的負担を与えており、不法行為に該当する

 

<X2に対する行為>

平成19年7月、第1事業部と第2事業部の統合後、第2事業部で用いられていた架電による催促を中心とする債権回収方法を行うこととし、第1事業で用いられていた書面による催促を中心とする債権回収方法を行わないように命じた

 

<裁判所の結論>

事業部の次長らとの協議の上で行われており、事業部の全員が指示に従っている。正当な業務上の指導ないし指示の範囲内であり、違法性はない

 

<X3に対する行為>

①平成19年11月、事務所での席替えの際に、立っていたX3の背中を突然右腕を振り下ろして1回殴打

 

②平成20年1月、面談中に、X3を叱責しながら、椅子に座った状態からX3の左膝を右足の裏で蹴った

 

<裁判所の結論>

何ら正当な理由のないまま、その場の怒りにまかせてX3の身体を殴打したものであるから、違法な暴行として不法行為に該当する

 

<X3に対する行為>

平成19年11月、昼食中に、X3の配偶者に言及して、「よくこんな奴と結婚したな。もの好きもいるもんだな」と発言した

 

<裁判所の結論>

P部長の下で働く従業員が、P部長の一方的かつ威圧的な言動に強い恐怖心や反発を抱きつつも、P部長に退職を強要されるかもしれないことを恐れて、それを受忍することを余儀なくさせられていたことに照らせば、X3にとって自らと配偶者が侮辱されたにもかかわらず何ら反論できないことについて大いに屈辱を感じたと認められるので、不法行為に該当する

 

<X3に対する行為>

平成19年12月、ご用納めの昼食時に、体質的に寿司を食べられず、別の弁当を食べていたX3に、「寿司が食えない奴は水でも飲んでろ」との趣旨の発言をした

 

<裁判所の結論>

食事の好みを揶揄する趣旨の発言であり、寿司以外の弁当が用意されていたことも考えると、日常的な会話として社会通念上許容される範囲を逸脱するものとまで認めることはできないから、違法とは認められない

社員の職務内の不法行為には「使用者責任」が問われる

4.損害額

 

X1について、通院および1カ月の休職を余儀なくされたことから、慰謝料60万円が認められた。

 

X2について、慰謝料40万円が認められた。

 

X3について、慰謝料10万円が認められた。

 

5.N社の責任

 

P部長の不法行為は、職務の執行中ないしその延長上における昼食時において行われているので、行為の外形から判断して職務の範囲内の行為に属するとして、使用者責任(民法715条)を認めた。

労務管理は負け裁判に学べ!

労務管理は負け裁判に学べ!

堀下 和紀,穴井 隆二,渡邉 直貴,兵頭 尚

労働新聞社

なぜ負けたのか? どうすれば勝てたのか? 「負けに不思議の負けなし」をコンセプトに、企業が負けた22の裁判例を弁護士が事実関係等を詳細に分析、社労士が敗因をフォローするための労務管理のポイントを分かりやすく解説…

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