簿記はその時々の経営・財務の状況を明確に示す指標
一定の売上は確保しているが、たちまち業績不振に陥る中小企業は後を絶たない。それは経営者の財務知識不足に起因し、企業のカネの巡りが悪くなっているからと断言していい。「増収・増益には覚悟と財務戦略がいる」―中小企業経営者は、この経営の基本セオリーを知らないのである。
たとえば、年商1億円の製造業者が売上を10%伸ばそうとしたケースを見てみよう。売上1割増に対して、一般的な理論では売掛金・在庫が10〜13%増加する。仮に1億円の売上のうち5000万円を売掛金計上していた場合、売上が10%増加すると売掛金は5500万円に膨らむことになる。
売上拡大を目指して拡販に注力すると、自社の立場を弱くして量をさばく必要があるため財務はさらに悪化する。場合によっては売上回収の条件を相手に譲歩し、販売量の増加を求めるだろう。
その結果、売掛金は5500万円から6000万円程度に増える可能性がある。この売掛金はリスク資産なので、回収不能に陥った場合を想定し、財務戦略として相応のキャッシュを確保しておかなければならない。
在庫についてはどうか。仮に売上2カ月分に相当するおよそ1600万円の在庫があったとすると、10%アップで1760万円となる。
さらに忘れてならないのは機械設備だ。増産の受け皿となる設備の増強は必須である。仮に合計2000万円の機械設備を所有している場合、売上10%アップを見越した増産計画として、1000万円程度の追加投資が必要となるだろう。条件によっては工場の拡大も視野に入れなければならない。
工場の建て増しは必要なしと仮定し、1000万円の設備増強を図ったと考えると、結果は次の通り。
売掛金:5000万円→6000万円=1000万円増
在庫:1600万円→1760万円=160万円増
設備投資資金:1000万円
合計2160万円の資金が必要となる。
年商1億円程度の製造業者が売上の10%増加を目指した場合、2160万円の資金を確保しなければならないのだ。自己資金が不足している場合は資金計画を速やかに策定し、メインバンクと交渉するのが増収増益の第一歩だ。事前に財務基盤を強化した上で売上拡大計画を実行に移す必要がある。
ところが、財務的な準備をせず、ただ売上を追いかけるだけの経営者がいかに多いことか。もともと過小資本の中小企業が財務立てを無視した経営をすれば、資金が円滑に回らなくなるのは必定である。本来は早急に銀行と交渉すべきだが、財務がわからない中小企業経営者は必要資金を準備せず、過小資本のまま売上拡大作戦を実行に移してしまう。
その結果、売上計画がうまく運べばカネ不足に悩み、失敗すれば経費ロスを招く。財務の準備をしていなければ、成功しても失敗しても資金不足に陥るわけである。
だから私は中小企業経営者に簿記3級程度の知識を持つよう進言し続けてきた。簿記はその時々の経営や財務の状況を明確に示す指標であり、万国共通の「公準」でもあるからである。
簿記がわかれば、世界中の企業の経営状況を把握できる
簿記がこの世に誕生したのは、15世紀半ばのイタリアだとされている。時は大航海時代。一攫千金を狙う男たちは次々と外洋へ進出し、大量の戦利品や交易品を命がけで取得して凱旋した。その交易物を寄港市場で金品に交換するための技術として、簿記が発明されたのである。
売り手と買い手で帳簿を照合すれば、不正が生じても見破れる。こうして簿記はイタリアで発明されて普及し、その後、ルイ王朝の時代にフランスの民法典に取り入れられた。その民法典では、簿記の不実記載は極刑とした。たとえば商人が帳簿の記載を不正したり、正しい内容を開示せず倒産に至ったりした場合、「ギロチン」の刑に処されたのだ。
商人は自らの帳簿を公明正大に披瀝しなさい。破綻に至ればその理由を説明しなさい。それができない場合は極刑に処す―これが簿記の本来の掟であり、簿記は会社経営にとってそれほど重たいルールなのである。
さらに簿記は、万国共通の「公準」である点も忘れてはならない。言語は国によって異なるが、簿記はビジネスの世界では共通、つまり簿記がわかれば世界中の企業の経営状況を把握できる。
歴史的にも見ても、現在のビジネスの国際ルールにおいても、これほど重要な簿記を経営者はなぜ勉強しないのか。簿記を甘く見ていると、足をすくわれる。簿記を武器に使ってこそ、グローバル時代の激変する経営環境で生き延びることができるのである。