前回は、経験値や感覚に頼ってはいけない「人材の育成」について紹介しました。今回は、魅力的な人材を効率的に育成する教育理論、「ID」について見ていきます。

人材教育にも「ビジネス的な戦略性」が不可欠な時代に

ところで、皆さんは、「KKD」という言葉をご存知でしょうか?「勘」と「経験」と「度胸」の日本語の頭文字を取ったものです。これに頼って、研修が組まれていることが何と多いことでしょう。かくいう私もIDと出合うまではそうでした。

 

残念ながら、自分たちのKKDに頼って人材教育を行っても、なかなか思うような成果を出すことはできません。結果的に上手くいくこともあるのですが、再現性は期待できません。KKDも実はとても大切なのですが、IDは、KKDのみに頼らず、戦略的に、効果的・効率的で魅力的な人材教育を設計する際に非常に有用な理論です。

 

読者の方の中には、IDという言葉をはじめて知った方もいらっしゃるでしょう。本書では、まず鈴木克明教授が示す定義をご紹介します。

 

●IDの定義

教育活動の効果と効率と魅力を高めるための手法を集大成したモデルや研究分野、またはそれらを応用して学習支援環境を実現するプロセスのこと。

出典:鈴木克明監修市川尚・根本淳子編著『インストラクショナルデザインの道具箱101』(北大路書房)

 

 

IDは、人材教育にどのようなインパクト(下記図表)を与えることが期待できるでしょうか。

 

[図表]IDが人材教育に与えるインパクト

 

当然のことながら、「人の成長」は各々で異なります。そのため、論理性が求められるビジネスの現場においても、教育は聖域視され、戦略的に設計がなされてこなかったという背景があります。

 

「マーケティング部門」や「営業戦略部門」があるのに、「教育の戦略部門」がないのはその最たる例です。教育においては、戦略を立てることなく、実行部隊がいるだけだったのです。

 

しかし、欧米では、人材教育は、IDに基づいて論理的・科学的にデザインされています。IDを学べる場も多いので、IDを学んだ人材教育担当者が社内に在籍している企業も多いです。また、CLO(Chief Learning Officer)という人材教育担当の役員がいる企業もあります。日本の人材教育にも、ビジネス的な戦略性を取り入れていかなくてはならない時代が到来しています。

人材教育のグランドデザインのない研修は「無駄」

本連載では、人材教育を最終的に事業の成果につなげることを重要視し、人材教育を戦略的に構築する手法としてIDを紹介していきます。そこで、本連載ではIDを左記のように定義しました。

 

●IDの定義

研修の場だけでなく、企業全体(人々が働く現場すべて)を学びの場と捉え、その中から選定したスコープに向けて、戦略的な学習支援環境を構築し、学習(研修)成果を最大化し、業績向上に結びつける人材教育を中心としたプロセスのこと。

 

鈴木克明教授の定義をもとにしていますが、「企業内」の人材教育であるということをより強めて考えました。先にも述べましたが、企業である以上、営利を追求していかなければいけません。そのため、人材が企業の利益に貢献できるよう成長し、会社として業績につなげ、社会に貢献することをより意識したのです。

 

私は、IDは建築に似ていると思っています。

 

IDerは、住む人のニーズを聞いて、設計図を作成する建築士、トレーナーは、その設計図に沿って技術を駆使して建物を建てる大工をイメージしていただければわかりやすいのではないでしょうか。家を建てるように、企業内の教育プログラムやコンテンツを作るのです。

 

IDを導入していない、つまり、人材教育のグランドデザインをしないまま研修をすることは、いうなれば、設計図がないままいきなりトンカチで木材を叩き始めているようなものです。それでは、建設工事をしながら大事な柱が切られてしまったという無駄やトラブルが起こってしまいます。

 

企業の人事・人材教育担当者の方には、本連載を読んでいただき、設計図の描けるIDerになっていただきたいです。IDを使ったからといって人材教育で100点満点を取れることはありません。しかし、理論と経験を行ったり来たりしてブラッシュアップをしながら、対象者のパフォーマンスを向上させ、会社の業績の向上に結びつけていく、これが皆さんの目指すべきゴールではないかと考えています。

魔法の人材教育

魔法の人材教育

森田 晃子

幻冬舎メディアコンサルティング

社員が思うように育たない――そう嘆く人材教育担当者の声をしばしば耳にします。たとえば、多くの企業では階層別研修などの「企業内研修」を実施していますが、これらの研修は厳密な効果測定が難しいうえに、受講者からは「知…

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