東欧4国の輸出入品目が「ほぼ同じ」である理由
1990年代以降の世界経済を見てみると、GDPの伸びよりも貿易の伸びの方が大きくなっている。その背景には、企業による国際的なバリューチェーンの展開がある。バリューチェーンとは生産工程を指しているが、近年はある一つの製品を作るのに複数の国を経由することが当たり前になってきている※1。例えば、ドイツで車のエンジンを作りチェコで内装のパーツを作り、どちらもポーランドに送ってから組み立ててドイツに送り返してフランスで販売する、というような工程を辿ると、1台の車が複数の国を通ることになる。それにより、自動車関連製品が複数の国で輸出されたり輸入されたりする。
※1 R. Koopman, W. Powers, Z. Wang and S. Wei (2010), “Give Credit Where Credit Is Due:Tracing Value Added in Global Production Chains,” NBER Working Paper, No. 16426.
この例ではエンジンや内装パーツは中間財、自動車は最終財という。また、組み立てのための機械は資本財という。現在は資本財や中間財の貿易が大きくなっていることが貿易の伸びにつながっている。これは、本書籍『ヨーロッパ経済とユーロ』の第6章に記述しているロッテルダム効果とは異なる。
重力モデルという貿易理論によると、距離が近ければ近いほど、経済規模が大きければ大きいほど貿易の取引が大きくなる。東欧諸国にとってはドイツとの距離も近く輸送にかかる時間やコストを削減できる。また、ドイツは経済規模が大きく自動車だけでなく多くの産業で貿易を行っている。本書籍の188ページに掲載した図表10-1でもドイツが貿易相手国として重要な地位にあることが分かる。ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーの東欧4国は輸出入の品目がほぼ同じであるが、これもバリューチェーンの影響だと考えられる。同じ項目に入る部品や製品が往復しているためである。
資本集約的、知識集約的な産業へとシフトする東欧
東アジアの国々が20世紀後半に急成長した背景には、輸出を成長戦略の中核に据えたことがある。日本などの先進国から資本財や中間財を輸入し、日本企業の進出を促しつつも自国企業や自国産の部品が中心となるように規制を行い、完成品を輸出する戦略である。このような戦略により、国内の技術水準が高まって生産力がより高まり、先進国に近づくと考えられていた。
東欧4国も1990年代半ばよりドイツとの関係が深まっており、相互の貿易も増えている。ドイツからのFDIも増えており、既存の企業を買収するブラウンフィールドだけでなく、新規の企業立ち上げや工場建設などのグリーンフィールド投資も多い。その結果、下記の図表のように東欧4国の経済は繊維、皮革、木材産業など労働力を多く必要とする労働集約的な産業からプラスチックや金属生産のように機械設備などを多く必要とする資本集約的な産業や化学、薬品などの知識集約的な産業に移行しつつある。
[図表]製造業の比較優位指数
東欧4国はドイツの数値に近づいており、キャッチアップを果たしていると見ることができる。東欧4国をはじめとする東欧諸国は輸出品の種類を増やしながら産業の高度化に成功しているように見える。
しかし、2013年にOECDとWTOから付加価値貿易のデータベースが公表されると、別の側面が見えてくることが分かってきた。付加価値とは販売額(産出)から原材料代(中間投入)を差し引いたものであり、単純にいえばどの程度の仕事をしたのかを表している。先ほどの車の例では、エンジンの製作には多くのノウハウや技術が必要であり付加価値が高い。このような生産工程を川上(upstream)という。一方、ポーランドは集められたパーツを組み立てるだけであり付加価値が低い。このような生産工程を川下(downstream)という。より原材料に近い方が川上、より消費者に近い方が川下といってもよい。
1995年と2009年を比べてみると、ドイツなど西欧諸国は付加価値が高い川上により集中し、東欧諸国は組み立て加工など付加価値が低い川下に更に移行しており、二極化が進んでいることが明らかになってきた※2。
※2 ECB (2013), “How have global value chains affected world trade patterns?,” ECB Monthly Bulletin, May 2013, pp. 10-14;ECB (2013), “The role of central and eastern Europe in pan-European and global value chains,” ECB Monthly Bulletin, June 2013, pp. 15-19.
高所得国への移行は「ソフト面の整備」がカギに
東欧諸国はEUに加盟することにより単一市場に参加することとなり、EUの法体系を受け入れているため、西側企業にとってはビジネス上のリスクが小さい。東欧諸国は交通網などのインフラ整備や通信網の整備、企業誘致のための法人税引き下げなども行っている。
このような政策により東欧諸国での組み立て加工がより有利となり、西側から多くの企業が進出してくる。この過程により、西側企業の持つ技術が東欧諸国に浸透し、産業構造の転換を図りつつ先進国に近づくことができるというのが、経済学の理論だった。しかし、実際には組み立て加工が労働集約的な産業から資本集約的な産業に移っているだけで、付加価値の低い状態が続いている。組み立て加工に依存したままでは、経済成長に伴う賃金上昇によって価格競争力を失ってしまい、企業は更に賃金の低い他国に流出してしまう。賃金の低さを武器にした組み立て加工により低所得国から中所得国にはなれるが、高所得国には移行することができない。このような状況を中所得国の罠という。
中所得国の罠から抜け出すためには、製品の企画や付加価値の高い部品製造など川上の業務を担当できるようにならなければならない。交通網などのハード面での整備だけでなく、高スキル労働者の育成などのソフト面の整備がカギとなる。教育制度の改善、R&Dを促す税制、研究機関の設立などの政策が必要となるが、自国で高スキル労働者を育成するには時間がかかるため、外国から高スキル労働者を呼び込む施策が求められる。本書籍第3章で述べているように、ELI-NPは、ルーマニア、チェコ、ハンガリーに研究拠点を置いており、EUによるこのような支援も東欧諸国の経済成長に寄与するだろう。
高スキル労働者を呼び込むには、単に企業を誘致したり賃金を引き上げたりするだけでは不十分である。彼らは仕事面だけでなく生活面でも要求が高いため、本人だけでなく家族も満足できるような都市アメニティを充実させなければならない※3。劇場などの文化施設やレベルの高い教育機関、品質の高い商品が手に入り交通アクセスや営業時間などの面で利便性が高いショッピングモールのような消費施設、交通の便がよく清潔で環境への負担が小さい住環境、最新の治療にも対応できる病院などの公共施設、レジャー施設や郊外の観光地へのアクセスなどが必要となるだろう。東欧諸国には中世からの街並みや豊かな文化があることから、高スキル労働者を呼び込みやすくなっている。
※3 木村福成・大久保敏弘・安藤光代・松浦寿幸・早川和伸(2016)『東アジア生産ネットワークと経済統合』第7章。
外国から呼び込んだ高スキル労働者と自国民とが共同して仕事をすることで、自国民の技術が向上するだけでなく、仕事に対する考え方や自分への投資の方法などの面でも恩恵を受けることになる。このような効果を外部効果という。外部効果が徐々に国内に波及していくことで、国内全体の技術水準も高まっていき、川上と川下のバランスが取れていく。ただし、このような過程には時間がかかること、低スキル労働者の仕事を国内に残す必要性があることから、組み立て加工の誘致も続ける必要がある。価格競争力を維持するためには、賃金の伸び率をGDPの伸び率より低く抑えることが必要であり、適切な労働市場政策が欠かせない。