今回は、ユーロ地域で普及し始めた硬貨の「ラウンディング」について見ていきます。※本連載は、東洋大学経済学部国際経済学科教授・川野祐司氏の著書、『ヨーロッパ経済とユーロ』(文眞堂)から内容を一部抜粋し、EUの経済にまつわる取り組みからヨーロッパ各国の金融政策デザイン、マイナス金利政策などについて解説します。

扱いが面倒で、管理コストがかかる「小額硬貨」

1セントや2セントなどの額面の小さい硬貨が経済に与える影響を、消費者、小売店、政府の視点から考えてみよう。

 

消費者にとっては少額硬貨は扱いや管理が面倒である。1セント硬貨は直径が16.25ミリメートルと小さく、失くしやすい。また、1セントから5セントまでの3種類の硬貨は両面とも同じデザインで大きさのみが違うという加盟国が多く、財布の中から正確に取り出すのは難しい。2セントは直径が18.75ミリメートル、5セントは21.25ミリメートルと2.5ミリずつ大きくなるだけで、厚さは共通になっている。事実、ユーロ地域市民は判別が難しい硬貨として、1セントを挙げる人が60%、2セントを挙げる人が67%(複数回答可)と硬貨の中ではこの2種類だけが50%を超えている※1

 

※1 Flash Eurobarometer, 429, November 2015.

 

小売店にとっては少額硬貨の管理コストは大きなものとなる。釣銭用に常に一定数の硬貨を準備しなければならず、枚数の管理も必要となる。ユーロのコインは8種類あるため、キャッシュレジスターもそれに対応させなければならず、余った硬貨は銀行に運ぶ必要がある。1セント硬貨50枚のロールを手に入れるのに40セントのコストがかかるケースもあるといわれている。つまり、50セント分の硬貨を準備するのに90セント必要だというわけだ。これだけでも硬貨はコストがかかることがうかがえる※2

 

※2 小売店にとっては現金の管理にはコストがかかるが、そのコストを顧客に転嫁することはできない。これをサーチャージの禁止という。European Commission (2010),“ Legal tender of the euro:Q&A on the new Commission recommendation,” MEMO/10/92.

 

政府にとっては、単なる金属を通貨として発行できることには大きなメリットがある。価値の低い金属を使って硬貨として発行すれば、差額を収入にできる。このような収入をシニョレッジ(通貨発行差益)という。

 

ユーロ地域では加盟国がECBと協議の上で硬貨を発行し、シニョレッジは加盟国政府のものとなる。紙幣はECBが発行する。紙幣の発行には印刷設備など初期コストはかかるものの、一度印刷を始めると1枚当たりの製造コストは低く、多額のシニョレッジを手にすることができる。ところが、ユーロの1セントと2セントは銅製のため、銅メッキの硬貨よりも製造コストが高い。また、製造コストは国際的な銅価格の影響を受けて変動する。アイルランドでは1セント硬貨の製造コストは1.65セントであり、2枚作るごとに1セントを超える赤字が出てしまう。赤字になることを負のシニョレッジという。

 

欧州委員会の調査によると、ユーロ地域全体では2002年から2012年までの負のシニョレッジが約14億ユーロに上るとされている。この多くは1セントや2セントなどの少額硬貨によるものであると考えられ、財政赤字の一要因にもなっている。

現金による買い物金額の合計額の端数を「丸める」

少額硬貨には様々なデメリットがあることが分かった。それならば、少額硬貨を使わなくても済む工夫はないだろうか。ユーロ地域のうちフィンランド、オランダ、ベルギー、アイルランドの4カ国では、ラウンディングという方法が導入されている。ラウンディングとは現金での買い物金額の合計額の端数を丸めて少額硬貨を使わないようにするものである※3

 

※3 川野祐司(2015)「アイルランドにおける現金での支払い方法変更について」『国際貿易投資研究所フラッシュ』No. 256。

 

フィンランドなど4カ国では、端数が1、2、6、7セントの時には切り下げ、3、4、8、9セントの時には切り上げをして、5セント刻みにそろえるラウンディングを実施している。1個1.99ユーロの商品を2個買うと合計金額が3.98ユーロになるが、実際の支払いは4.00ユーロになる。また、3個買うと5.97ユーロになるが、支払いは5.95ユーロとなる。ラウンディングできるのはあくまでも合計額であり、個々の商品価格には適用できない。つまり、2.00ユーロ×3=6.00ユーロという計算はできない。

 

ラウンディングによって、消費者や小売店での利便性が高まるとともに、負のシニョレッジも解消される。ラウンディングの経済効果はオランダでは年間3000万ユーロとされており、ユーロ地域全体では数億ユーロから10億ユーロになると予想される。

 

フィンランドではユーロ現金流通開始の2002年よりラウンディングが実施されている。1セントと2セントはコレクター用に製造されており、一般には流通していない。オランダ、ベルギー、アイルランドでも今後は発行枚数が減っていくが、1セントと2セント硬貨はこれからもユーロ地域の法定通貨であるため、1セント5枚で5セントの支払いをしてもよい。なお、アイルランドではラウンディング実施店でも「Exactchange,please」などといえば、正確なおつりをもらうことができる。

 

ラウンディングは現金決済にのみ適用されるため、クレジットカードなどで決済すれば正確な金額を支払うことができる。

 

1セントと2セントの問題はEUでも取り上げられている。欧州委員会は1セントと2セントの将来について、現行通りにする、銅製ではなくコストの低い金属にする、ラウンディングを実施して徐々に流通から取り除く、2種類の硬貨を直ちに廃止する、の4つのシナリオを検討している。ユーロ地域全体でラウンディングを実施するのが最も現実的なシナリオであるが、物価や1人当たりGDPの低い国では1セント刻みの支払いの重要性が高いため、時間をかけて徐々に広げていくのが現実的な解決策であろう。

本連載は、2016年11月1日刊行の書籍『ヨーロッパ経済とユーロ』から抜粋したものです。その後の社会情勢等、最新の内容には対応していない場合もございますので、あらかじめご了承ください。

ヨーロッパ経済とユーロ

ヨーロッパ経済とユーロ

川野 祐司

文眞堂

インダストリー4.0,イギリスのEU離脱問題,移民・難民問題,租税回避,北欧の住宅バブル,ラウンディング,マイナス金利政策,銀行同盟,欧州2020…ヨーロッパの経済問題を丁寧に解説。

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