「小さな忘れ物」まで把握していたホテルの支配人
私がインドのあるホテルに滞在していたときの話です。日本の旅館のサービスをモチーフにしている?と感じるようなホテルで、私の毎日は大変心地よく過ぎていきました。
ある日私は運悪く、サングラスをどこかに置き忘れてしまったことに気づきました。レストランに置いてきたのか、プールサイドに忘れてきたのか、一向に思い出せないまま、私はいちおうフロントにその旨を伝えました。見つからないかもしれないという私の思いは、すぐに杞憂に終わりました。
まもなく見つかった私のサングラスは、フロントスタッフにより私の手元に戻ってきました。普通であれば、話はそこで終わります。ところが、その日の夕方、私がホテル内を歩いている時のことです。私は、ロビーでホテルの支配人とバッタリ会いました。
彼の口から出たのは、私の想像をはるかに超えた言葉でした。「村田様、サングラスが見つかってよかったですね」。その支配人の言葉に、私は大変驚かされました。その支配人とは、チェックイン時にひと言挨拶を交わしただけ。それにもかかわらず支配人が、一宿泊客の小さな忘れ物というホテルにとっては小さな出来事を記憶し、声をかけてくれたのです。思わぬ人からの予想外の言葉に、私は心から感激しました。
ホテルは365日24時間営業です。スタッフはシフトで働いています。昼間のお客様の様子や出来事は、意識しなければ夜のスタッフには伝わりません。しかし、スタッフが3交代制であっても、お客様は24時間途切れることなく、ホテルのお客様なのです。
お客様に何かあっても「私は聞いておりません」では済まされません。そこで大切になってくるのが情報の共有です。私のサングラスがなくなったこと、そして、それが出てきて私の手元に戻っていることを、支配人はすでに知っていたのです。それは共有された情報をもとに、チーム全体が一つになってお客様に対応していることを図らずも示していました。
これは、チェックインのためにフロントへ向かうお客様の名前を瞬時にして共有するチームプレイ精神と同じものです。「このホテルは、スタッフ全員がサングラス一つに、ここまで心を砕いてくれている」。お客様にとって、これほどのおもてなしはないのではないでしょうか。
そのときの支配人の言葉は私の予想をはるかに超え、このホテル全体の印象がグッとよくなったことは言うまでもありません。
お客様が提供した情報は十分に「Acknowledge」すべき
残念ながら、多くの日本のホテルではそのようなことはなかなか起こらないのが現状です。友人から、次のような話を聞きました。彼女の友人が遅れてホテルに合流することになっていたときのことです。
「今日私の友人がチェックインすることになっています」とフロントに告げると、「ご友人がいらっしゃるんですか。それはよかったですね」というひと言で終わってしまったそうです。
「お客様がすでに到着されているか確認いたしましょうか」と言ってその場で確認すること、そしてまだ到着していないようなら「確認いたしましたが、まだご到着ではないようです。ご到着になられましたら、ご連絡いたします」と、せめてこれくらいは言ってくれるかなと期待したのにがっかりした、と話していました。
これはお客様が提供した情報が十分にAcknowledgeされていなかった例です。Acknowledge「認識する」ことが、プロとして大変重要なことというのはおわかりいただけたかと思います。
ただし、英語が苦手、あるいは外国人対応に慣れていない場合、真摯に対応しようとすればするほど忘れてしまうのが笑顔です。
日本人の真顔はややもすれば表情のない能面のようで、海外のお客様は冷たいという印象を受けるようです。実際、海外のお客様からのアンケートにあがっているのが、日本人の真顔から彼らが受ける印象です。
「日本人のサービスは、どことなく冷ややかである」。一生懸命に対応しているのにこのような評価になるのは大変残念なことです。笑顔のない真顔がその一因になっていることを私たちは知っておく必要があります。「笑顔」の大切さは日本人が想像する以上のもので、第一印象に大きな差が出ます。これについては書籍『外国人観光客をリピーターにする 世界基準の「接客サービス」』の第5章に詳述していますので、ぜひご覧下さい。