昔は病気の予防薬としても飲まれたビール
今でこそビールは嗜好飲料として愛飲され、ようやく最近になって健康効果が科学的に証明されつつありますが、遥か昔には薬として用いられていました。
ビールの歴史には諸説ありますが、紀元前4000年以上前までさかのぼります。メソポタミアで人類が農耕生活を始めた頃、放置してあった麦の粥に酵母が偶然入り込み、自然に発酵したのが起源とされています。
最古の記録は、約5000年前にメソポタミアのシュメール人が残したとされる「モニュマン・ブルー」と呼ばれる粘土板に、当時のビールの造り方が描かれています。この地方は気温が高いために水が腐りやすく、生水が飲用に適さなかったこともあって、ビールは安全で栄養価の高い飲み物とされていました。
その後、ビール造りはシュメールからバビロニアやエジプトに伝わり、紀元前3000年頃にはすでにエジプトでもビールは飲まれていました。肥沃なナイル川で収穫された大麦を原料に造られ、『死者の書』やピラミッドの壁画にも大麦の栽培やビールの醸造が数多く残されています。
当時は「液体のパン」といわれ、胃薬や流行病の予防薬として、また手足の打撲の湿布薬として使われていたようです。女性などは若さを維持するためにビールで洗顔していたともいわれていますので、クレオパトラも愛用していたかもしれません。
中世になると、ヨーッロッパ各地の修道院で、「グルート」と呼ばれるハーブを使った良質のビールが造られるようになりました。修道士たちは断食の期間の栄養補給や薬として利用したり、来客をもてなしたり、収入を得るためにビールを造っていたといわれています。
8世紀頃、抗菌作用のあるホップを使ったビールが出現
その後、8世紀頃にドイツのバイエルン地方で、初めてホップが使われるようになりました。そのきっかけは定かではありませんが、アルコール濃度の低いビールは腐敗しやすいために、抗菌作用の強いホップが利用されたのではないかといわれています。
この抗菌作用のあるホップを使ったビールが各地に伝わり、15~17世紀の大航海時代には腐りやすい水に代わる飲料水としてビールが用いられ、脚気の予防にも役立ったそうです。
日本へは、18世紀後半に江戸で盛んになった蘭学によってビールが紹介されました。鎖国時代に西欧文化の唯一の窓口だった長崎の出島にオランダからもたらされ、蘭学者たちがビールの試飲や試作をしたといわれています。
日本人として初めてビールの醸造所を開設し販売をしたのは、大阪・堂島の渋谷庄三郎による「渋谷ビール」とされています。その後、ビール会社が次々と誕生しました。当初はまだ高価だったこともあって、健康効果をうたって薬局で販売されたという記録も残っています。
現在もヨーロッパでは民間療法として、スタウト(大麦を黒くなるまでローストして造られたビール)に卵を入れた「エッグスタウト」が風邪をひいたときに飲まれています。これは、日本の卵酒のようなものと思われます。
また、ホップの産地では、枕の下に乾燥したホップを入れて眠る人もいるほど、ホップには精神安定作用があるといわれています。