地理的視点を加味して、消費者行動の背景を探る
顧客理解と洞察が決定的な力となる今日のマーケティングでは、IDPOSで収集される、どこで、なにを、いつ買ったかという「結果」のデータばかりでなく、その「背景」となる情報こそ注目したい情報だ。IDPOSデータも立派な「集合知」データとなる。しかし、この「集合知」は、背景となるデータと組み合わせることによって、より鮮明に読み解くことができる。購買行動の動機はその個人の「性別」、「年齢」などの個体差以外にどのような「住居環境」か、「店舗までの距離」(近接性)といった外的環境にも左右される。なぜその店を利用するのか? なぜ午後ではなく午前中なのか、その動機を理解するための示唆に富んだヒントを提供してくれるのが地理的データである(図表1─2)。
これまでのマーケティングでは個人属性は主として「性別」「年齢」のみに注目されてきた。世代別のマーケティングが機能していた時代であれば、それは有効なモノサシであったが、消費行動が多様になった現在、さらに「どこに住んでいるか(居住地環境)」、「近接性」という地理的視点のモノサシを加味すると、より立体的に消費者行動の背景を探ることができるようになる。
「住所」からマーケティングに有効な情報を引き出す
「性別、年齢、買い物行動だけでは顧客開発のための攻めのマーケティングはできない」とエムアイカードのマーケティンググループ長 肥後龍治氏は指摘する。会員数260万人を誇る三越伊勢丹グループのカード会社エムアイカード。三越百貨店、伊勢丹百貨店の利用者が会員のため富裕層が多いことでも知られている。
エムアイカードが他のカード会社との差別戦略として打ち出しているのが「提携先企業(商業施設)向けデータ分析サービス」の無償提供だ。一般のカード会社が行う分析となると与信調査のような守りの分析だが、エムアイカードでは新しい顧客を創造するための攻めの分析を提携先(商業施設)に提供している。
この攻めのマーケティングで付加価値を高めているのが地理的マーケティング手法のジオデモグラフィックス分析だ。日本全国の21万の住所に対してライフスタイルコードを付与したデータベースによってそれは実現されている。居住地別ライフスタイルコードとは「02B 中層マンション富裕層ファミリー地区」といったもので、日本全国の居住地環境を類似する地区ごとに分類したものだ(詳細は本書『ジオマーケティング戦略』幻冬舎ルネッサンス新書 第三章参照)。
「富裕者層といっても、そのライフスタイルと嗜好性は様々です。性別・年齢以外に何を購入したか、どんな家族構成で所得かといった属性情報が顧客像を理解する上では必須の情報ですが、それでもまだ多様な顧客の実態は把握しきれません。実は『どこにお住まいか』といった情報を組み合わせることによってこれまでモヤッとしていた顧客のイメージがはっきりと焦点を結び立体的になることがあります。たとえば千代田区の番町に住んでらっしゃるエスタブリッシュメント層と、ヒルズと名の付く高層レジデンスに住んでらっしゃるニューリッチ層では、前者の方々が求めるのは伝統、重厚さであり、後者は先進性といったように求める価値観の違いがあります。その様子は買い物行動にもはっきりと表れています」(肥後氏)。
これまで住所データはビッグデータのなかでも利活用が進まないデータの典型でもあった。住所情報とは個性の強い情報で、地元の人やその場所を訪れたことのある人にとっては示唆に富んだ情報を提供してくれるが、まったく土地勘のない人にとっては、ただの固有名詞でしかない。これまで固有名詞の住所からマーケティングに有効な情報を引き出すことは困難だった。ところが、ライフスタイルコードを住所に付与することによって顧客理解とマーケティングへの応用範囲を広げることができる。