顧客と生活圏を共にする商店街というビジネスモデル
商店街というビジネスモデルがまだ元気だった時代、商店の店主と「顧客」の生活圏は基本的に一緒であった。難しいマーケティング理論やシステムを持たなくとも、市場のニーズつまり「需要」を把握することができるということだ。生活圏が近いということは、「顧客」の顔が見え生活の様子を容易に想像することができた。自分の知っている生活の延長線上で顧客を理解できた時代といえる。
どんな家に住んでいて、家族は何人おり、お父さんはどこに勤めていて、どんな役職でどのくらいの収入があるのかといった顧客のプロファイリングは商売熱心な店主なら大抵把握していた。店主は現場をこなしながら売り上げの集計もこなし、何が売れ筋かというマーケティングと陳列の工夫など「マネジメント」を同時にこなした。子どもたちも同じ学校に通っているので学校で何がはやっているかも把握できる。店頭に立ち、接客し、道行く人びとを観ることによって市場の様子が理解でき、マネジメントへと還元できた時代だ。市場の様子と目の前の日常の風景が一致し、マーケティングに役立つフィードバックが等身大で機能していた。
市場の動向を肌感覚で理解する模型ショップの店主
中央線高尾駅から徒歩5分の八王子街道沿いにあるミニ四駆専門の模型ショップ「エノモトサーキット」は70歳代のご主人が経営する楽しい店だ。ミニ四駆とは株式会社タミヤが販売している動力付き自動車のプラモデルで1980年代にブームとなり、その後何度かのブームが訪れつつ現在に至っている。漫画やアニメにもなりアイドルもいる、30年近く続くホビーである。
国道沿いの10坪あまりの模型店のオーナーである榎本氏は毎日店の前の小さな駐車場にテーブルと椅子を出し、日長遊びにくる子供たちやマニアの青年、子供連れのお父さんなど来店するお客さんに気さくに声をかけミニ四駆の調子を聞き、アドバイスしている。
店番をしているのはかつての店の常連で全日本大会上位入賞者の坂本君だ。坂本君が入賞したときのモデルがショーウインドウに鎮座している。坂本君はどちらかというと人見知りするので接客は苦手だ。高校時代、学校の仲間とそりが合わず登校拒否となったことがあったが、ミニ四駆が縁で榎本氏と出会い全日本大会に出場した経緯がある。いま自分の将来を模索しながらエノモトサーキットのカウンターに立っている。
そんな彼が店から出てきてミニ四駆の19ミリオールアルミ・ベアリングの在庫が少なくなったといつものように、店の入り口のテーブルに腰かけている榎本さんに報告する。タバコを吸いながらお客と談話している榎本氏は即座に40袋追加注文しておいてと指示した。目の前で見ていた筆者にとって、いったいミニ四駆用のこのタイプのベアリングがどれほど売れるのか皆目見当がつかなかったが、榎本氏の頭の中にはその需要が見えているようである。
榎本氏は終戦の年、昭和20(1945)年生まれだ。旧電電公社(現NTT)でサラリーマンをしていたときに国道沿いの小さな戸建てを購入した。1階は店舗としても使える。家賃を支払う必要はないし、サラリーマンとしての収入もある。サイドビジネスとしてスタートした模型店は流行に左右されずにひたすらミニ四駆ファンのための店として、遠くは台湾からも買い物に来るマニアもいる、そんな店に育っていった。
模型や模型部品は腐らない。榎本氏の発注方法はアバウトのようだが、ショップの裏にはプレハブ倉庫があり、今では廃番になった部品も在庫として扱っている。この在庫が希少品としてマニアにとってはたまらない。自社のネットショップも開設しているので店舗以外の注文も受け付けることができる。
商品に囲まれた店のカウンターに立って接客しているその様子は、まるで市場予測ができるナビゲーションシステムのついたコックピットに座っているようだ。需要の動向を肌感覚で計測することができる数少ない対面型店舗の特徴である。