「自分と違う人生だから?」妻に指摘されて気づいたこと
退職して半年ほど経ったころ、康夫さんは直樹さんの部屋を訪ねました。
昼近くまで寝ているのではないか。毎日ゲームでもしているのではないか。どこかで、そんな生活を想像していたそうです。
実際には違いました。
直樹さんは朝7時ごろに起き、午前中は自宅で請け負った仕事をする日があります。仕事がなければジムへ行き、午後は図書館やカフェへ。以前から興味があったプログラミング分野の勉強も続けていました。
「暇じゃないのか?」
康夫さんが聞くと、直樹さんは「今のほうがやりたいことが多い」と答えました。それでも父の心配は消えません。
「8,000万円だって、一生分とは限らないだろう」
その点は直樹さん自身も考えていました。
毎年の生活費を把握し、資産をすべて現金で保有するのではなく分散して運用する。相場が大きく下落した場合には仕事を増やすことも想定していました。
ただし、資産運用には元本割れの可能性があり、将来の運用益は保証されません。38歳であれば、その後の生活期間が50年以上になる可能性もあります。物価上昇や住居費、医療・介護費などを正確に予測することもできません。
ある日、康夫さんは妻から言われました。
「あなた、あの子に仕事を続けてほしいんじゃなくて、自分と違う人生だから心配なんじゃない?」
言われて、康夫さんは考えました。息子が生活に困っているわけではありません。仕事が嫌で衝動的に辞めたわけでもない。それでも「38歳なら会社で働いているはず」という自分の中の基準から外れていることが、不安の正体だったのかもしれません。
後日、康夫さんは直樹さんに尋ねました。
「もし資産が思ったより減ったら、仕事量を増やすのか?」
「もちろん。会社員に戻るかは分からないけどね」
その答えを聞いて、少しだけ安心したといいます。
「私はずっと、仕事を辞めないことが安定だと思ってきました。でも息子は、お金を貯めて、働く量を自分で決められることを安定だと思っている。そこが違ったんでしょうね」
FIREは、単に一定額を貯めれば成立するものではありません。年間支出や今後の収入、資産配分、税・社会保険料、インフレなど、長期にわたる資金計画が必要です。
働き続けることにも、早く仕事を離れることにも、それぞれメリットとリスクがあります。大切なのは「何歳まで働くのが正解か」を一律に決めることではなく、本人がどのような生活を望み、それを支えられる資金計画があるのかを具体的に考えることなのでしょう。
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