「車に乗れなくなってからでは遅い」70歳で決めた住み替え
「老後のことを考えたら、絶対に便利なほうがいいと思ったんです」
そう話すのは、71歳の俊夫さん(仮名)です。69歳の妻・久美子さん(仮名)と2人で暮らしています。
夫婦の公的年金は合わせて月約27万円。子ども2人はすでに独立しています。
以前住んでいたのは、首都圏郊外の4LDKの戸建てでした。30代で購入し、約35年間暮らした家です。住宅ローンは完済していました。
不満だったのは立地でした。最寄り駅までは徒歩25分ほど。スーパーまでは車で10分。病院へ行くときも、夫婦はほとんど車を使っていました。
まだ運転に不安はありませんでしたが、70歳が近づくにつれ、俊夫さんは「いつまで車に乗れるだろう」と考えるようになります。
そんなとき、駅前の中古マンションを見つけました。
駅まで徒歩5分。スーパーとドラッグストアは徒歩数分で、内科や歯科も近くにあります。
「ここなら車がなくても暮らせるね」
久美子さんも賛成しました。
内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』によると、60歳以上が住まいや地域について重視することでは、「医療や介護サービスなどが受けやすいこと」が61.4%で最多。「駅や商店街が近く、移動や買い物が便利にできること」も54.1%に上ります。さらに「高齢者向けに設計されていること」は41.4%でした。
夫婦が駅近のマンションに魅力を感じたのも、こうした生活上の利便性でした。
戸建てを売却し、2LDKの中古マンションを購入。引っ越しを機に車も手放しました。
新生活は、想像していた通り便利でした。買い物は徒歩で済みます。電車に乗れば街中へも簡単に出られ、庭の草むしりや外壁の手入れもありません。
「引っ越して最初の1ヵ月くらいは、妻と『楽になったね』と何度も話していました」
ところが、数ヵ月すると、久美子さんの口から意外な言葉が出るようになります。
「今日、誰とも話さなかった」
以前の家では、外へ出ると誰かに会いました。
庭の手入れをしていれば、隣家の女性から「今年も暑いですね」と声をかけられる。ゴミを出しに行けば、向かいの夫婦と立ち話をする。野菜をもらえば、旅行先で買った菓子を返すこともありました。
特別に親しい友人だと思っていたわけではありません。だからこそ、引っ越す前には、それがなくなることをほとんど考えていなかったのです。
内閣府の同調査では、近所の人との付き合いについて「会えば挨拶をする」が84.6%、「外でちょっと立ち話をする」が61.3%、「物をあげたりもらったりする」が47.4%でした。一方、「お茶や食事を一緒にする」は16.0%です。日常の近所付き合いは、親しい友人関係だけでなく、挨拶や立ち話といった比較的軽い交流によっても成り立っていることが分かります。
夫婦が失って初めて気づいたのも、まさにそんな関係でした。
