「ここなら安心だから」母も納得して決めたサ高住入居だが…
「最初は母も『ここならいいね』と言っていたんです」
そう話すのは、57歳の恵美さん(仮名)です。母・和子さん(84歳・仮名)は、夫を亡くしてから10年以上、一人で暮らしてきました。
自宅は築40年を超える戸建て。スーパーまでは徒歩15分ほどで、80代になってからは買い物にも時間がかかるようになっていました。
それでも和子さんは、「まだ一人で大丈夫」と自宅を離れたがりませんでした。
家族が本格的に住み替えを考え始めたきっかけは、玄関先での転倒です。大きなけがには至りませんでしたが、転んだことを恵美さんが知ったのは2日後でした。
「何かあったら連絡してって言ってるでしょう」
「こんなことで呼ぶのも悪いと思って」
そんなやり取りのあと、恵美さんは母と一緒に高齢者向けの住まいを見学することにしました。選んだのは、自宅から車で20分ほどのサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)です。
サ高住は、バリアフリー構造などの基準を満たし、少なくとも安否確認と生活相談サービスを提供する高齢者向け住宅です。介護施設と同じ仕組みではなく、提供されるサービスや介護サービスとの組み合わせは住宅によって異なります。
見学時、和子さんが気に入ったのは部屋の明るさでした。
「思ったより普通のマンションみたいね」
食事も頼めます。何かあったときに相談できる人がいることを説明されると、和子さん自身も「一人で家にいるよりは安心かもね」と話しました。
家族はほっとしました。
国土交通省『第6回サービス付き高齢者向け住宅に関する懇談会』の資料によると、サ高住入居者の平均年齢は84.2歳です。また、別の実態調査に基づく年齢構成では、85~89歳が30.1%、90歳以上が29.9%と、85歳以上が6割を占めています。
ところが、実際に入居すると状況が変わりました。
初日は恵美さんも夕方まで一緒にいました。必要な物を棚に並べ、テレビを設置し、冷蔵庫に飲み物を入れます。
「じゃあ、また明後日来るからね」
そう言って帰宅した日の夜、和子さんから電話がありました。
「やっぱり家に帰りたい」
恵美さんは驚きました。
「まだ今日来たばかりでしょう。少し暮らしてみようよ」
翌日の夜も電話がありました。
「ここにいても、することがないの」
3日目には、「荷物を取りに行きたい」と言い始めます。部屋が嫌なのか、食事が合わないのかと聞いても、和子さん自身もうまく説明できません。
「嫌なところがあるわけじゃないの。でも、自分の家じゃないのよ」
