「大手企業だから汚い手は使わない」…真面目すぎる理事長の甘い判断
通常、こうしたコンペでは、各社の見積価格は当日その場で一斉に開封され、比較・投票されるのが鉄則だ。しかし、真面目すぎるAさんはこう言い張った。
「プレゼン資料は、価格も含めて2週間前に全戸配布し、組合員にじっくり判断してもらいましょう」
「事前に価格をバラせば、現行の管理会社がプレゼン直前に一番安い金額を後出ししてくる可能性がある。絶対にやめるべき」という反対意見もあった。ほかのマンションでも、そのような事前開示の例は聞いたことがないからだ。
しかし、人を疑うことを知らないAさんは首を縦に振らない。
「相手は大手企業のグループ企業ですよ。そんな汚い手を使うはずがありません。それより、住民の皆さんに公平で丁寧な判断をしてもらいたいのです」
迎えたコンペ当日…現行管理会社が行った「掟破りの荒業」
そして迎えたコンペ当日。プレゼンが始まってすぐ、現行管理会社の担当者が平然と言い放った。
「先日、皆様にご提示したお見積書に誤りがありました。改めて、新しい見積書を配布いたします」
Aさんの許可も得ず、勝手に配られた新しい書類。そこに書かれていたのは、他社すべての見積額をきれいにかいくぐった、「他社よりわずかに安い最安値」だった。
あまりの無法ぶりに、さすがのAさんも血相を変えて抗議。しかし、会場の空気はすでに変わっており、参加した組合員からはこんな声が上がった。
「最終的に安くなったんだから、別にいいじゃないか」
その声に押される形で、そのまま投票へとなだれ込み、結果は現行管理会社の「圧勝」。リプレイス計画は無残にも粉砕された。
Aさんは行き場のない悔しさを静かに押し殺し、淡々と閉会の挨拶を述べるしかなかった。
「安くなったから結果オーライ」…マンション管理の冷徹な多数決の世界
綺麗事や善意だけでは、百戦錬磨のプロ相手に太刀打ちできない。マンション管理の現場は、住民が想像する以上に冷徹なビジネスの戦場である。
「安くなったから結果オーライ」と笑う住民たちの裏で、一人の女性理事長が味わった挫折は、管理組合運営の厳しさと、プロの“エグい”実態を私たちに生々しく突きつけている。
マンション管理において、必ず正義が勝つとは限らない。なぜなら、総会は出席組合員の議決権の過半数で成立し、その過半数の意思決定が行われる「多数決の世界」だからだ。
松本 洋
松本マンション管理士事務所代表
