「まだできていること」と「できなくなったこと」
浩之さんは、その日のうちに家の中を改めて見て回りました。洗濯はできています。風呂にも一人で入り、身だしなみも以前と大きく変わりません。
一方で、テーブルには支払期限を過ぎた請求書が1通ありました。
「これ、払った?」
「ああ、それね。明日行こうと思ってたの」
浩之さんは、母の様子だけで認知症だと決めつけることはしませんでした。加齢による物忘れもあれば、体調や薬、睡眠不足などによって一時的に注意力が低下する場合もあります。
そこでまず、幸子さんが普段から通っている内科へ相談することにしました。
厚生労働省は、認知症について気になる症状がある場合、かかりつけ医のほか、地域包括支援センターや認知症疾患医療センターなどへの相談を案内しています。
幸子さんは最初、「病気みたいに扱わないでよ」と嫌がりました。
浩之さんは、「病気だって決めてるんじゃないよ。今まで通り一人で暮らせるように、確認しておきたいだけ」と説明しました。
受診と相談を進める一方、生活面でもできることから変えました。
公共料金は可能なものを口座振替に変更し、買い物に行く前には冷蔵庫と戸棚を確認してメモを作ります。玄関には「鍵を確認」と書いた小さな紙を貼りました。
浩之さんも毎週決まった曜日に電話をし、月に一度は実家を訪れるようにしました。幸子さんが自分でできることまで取り上げることはせず、忘れやすくなった部分だけを補う形です。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、65歳以上人口に占める一人暮らしの割合は、2025年の推計で男性18.3%、女性25.4%です。高齢者の一人暮らしは珍しいものではなく、本人の状態に応じて家族や地域の支援を組み合わせながら生活を続けるケースもあります。
数ヵ月後も、幸子さんは同じ家で一人暮らしを続けています。浩之さんが帰省すると、「また冷蔵庫チェックするの?」と母は笑うそうです。
高齢の親の生活に変化が出ても、それだけですぐに一人暮らしができなくなるとは限りません。一方で、鍵の閉め忘れや買い物の重複、支払いの失念など、それまで見られなかったことが重なり始めた場合には、生活のどこに支援が必要なのか確認するきっかけになります。
本人ができていることを保ちながら、難しくなった部分だけを家族や地域のサービスで補う。高齢期の一人暮らしを続けるためには、そうした調整が必要になることもあります。
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