「毎日好きなことができる」はずだった…退職後の誤算
数週間たっても、生活は大きく変わりませんでした。
午前中に買い物へ行き、午後はテレビやインターネットを見る。たまにゴルフへ行きますが、元同僚の多くはまだ働いています。
「平日に暇だからって誘える人が、意外といなかったんです」
会社員時代の人間関係の多くは、仕事を通じたものでした。会社を離れると、毎日のように話していた人とも連絡を取らなくなります。
一方、妻には妻の生活がありました。パートだけでなく、友人とのランチや趣味の教室にも通っています。
「妻は退職していないんだから、僕の暇に付き合う理由はないんですよね。そこで初めて、自分だけの生活を作らないといけないと気づきました」
内閣府『令和4年度 高齢者の健康に関する調査』では、仕事をしていない理由として、65~69歳男性では「希望する就労形態で働ける仕事がないため」が23.1%となっています。また70~74歳男性では「趣味や社会活動などに力を注ぐため」が16.4%でした。高齢期の働き方や時間の使い方は、人によって大きく異なります。
正志さんは、もう一度会社員としてフルタイムで働くことは考えませんでした。
代わりに始めたのが、地域の経営者向け相談会のボランティアです。現役時代に培った人材育成や業務改善の経験を生かし、月に数回相談に乗ります。
さらに、市のスポーツセンターへ週2回通うようになりました。
「予定表に何か書いてあるだけで、朝の感覚が変わるんです」
半年後には、知人から依頼された仕事を月数回だけ引き受けるようにもなりました。収入が目的というより、決まった時間に出かけ、人と話すことが生活の区切りになっています。
正志さんが退職前に何度も確認していたのは、退職金や年金、毎月の生活費でした。一方、「週に何日外へ出るのか」「誰と会うのか」「仕事以外で何を続けたいのか」はほとんど考えていなかったといいます。
「老後資金はいくら必要かばかり計算していました。でも僕の場合、最初に困ったのはお金じゃなかったんです」
定年後の生活では、経済的な準備だけでなく、それまで仕事が担っていた時間、人とのつながり、生活のリズムを何で補うのかも課題になります。
働き続けることも、趣味や地域活動に時間を使うことも選択肢です。退職する日だけを決めるのではなく、その翌朝からどんな一日を送りたいのかまで考えておくことが、長い退職後の生活を組み立てる一つの準備になります。
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