「しばらく置いてほしい」から始まった3人暮らし
「少しの間だけ、実家に戻ってもいい?」
長女の昌美さん(仮名・42歳)から電話があったのは、春先のことでした。
母の和子さん(仮名・67歳)は、夫の隆夫さん(仮名・68歳)と二人暮らし。夫婦の年金は月約25万円、預貯金は約2,600万円あります。住宅ローンを完済した戸建てで暮らしていました。
昌美さんは結婚後、隣県で夫と暮らしていましたが、離婚を機に家を出ることになりました。勤めていた会社も家庭の事情で半年前に退職しており、現在は無職です。
「仕事を探して、落ち着いたら出ていくから」
和子さんはすぐに答えました。
「そんなの、聞くまでもないでしょう。帰っておいで」
昌美さんが実家で暮らすのは、大学卒業以来約20年ぶりです。最初の数週間は、和子さんも「娘が家にいるのも悪くない」と感じていました。
夕食を3人で食べ、久しぶりに昔の話をする。昌美さんも食器を洗ったり、買い物へ同行したりしていました。
ところが、2ヵ月、3ヵ月と過ぎても、再就職は決まりませんでした。昌美さんは求人サイトを見て応募していましたが、希望していた事務職では書類選考で落ちることが続きました。
次第に起床時間も遅くなり、昼近くまで自室にいる日が増えます。
家に入れるお金についても、最初は「仕事が決まってからでいい」と夫婦が言っていました。そのため食費や光熱費、日用品はすべて夫婦持ちです。
「一人増えただけだから、大して変わらないと思っていたんです。でも、食費も電気代も少しずつ増えました」
夫婦二人なら簡単な夕食で済ませる日もありましたが、娘がいると和子さんは「ちゃんと作らなければ」と考えてしまいます。洗濯物も増えました。
隆夫さんが気にしていたのは、「いつまで」という話が一度も出なくなったことでした。
「そろそろ仕事、どうなんだ?」
尋ねると、昌美さんは、
「探してるよ。焦らせないで」
と答えます。
厚生労働省『2024(令和6)年 国民生活基礎調査』によると、65歳以上の人がいる世帯は2,761万4,000世帯で、全世帯の50.2%を占めています。そのうち「親と未婚の子のみの世帯」は554万9,000世帯で、65歳以上の人がいる世帯の20.1%。同居そのものに問題があるわけではありませんが、生活費や家事の分担が曖昧なままでは、家族内の負担が偏ることがあります。
ある晩、隆夫さんは和子さんに言いました。
「このままずっと住むつもりじゃないだろうな」
和子さんはうつむきました。
「でも、娘を追い返すなんてできないよ」
