ダイニングテーブルに置いた鍵とメモ
「もう32歳、あっという間ね。でも、麻美は結婚なんてしなくていいから。この家で、みんなでずっと一緒に暮らしましょう」
母親の笑顔に、麻美さんは背筋が凍りつくような恐怖を覚えました。
「この人は私の幸せなんて望んでいない。ただの『便利な財布』として私を側に置きたいだけなんだ、と。わかってはいたけれど、改めて現実を突きつけられた気がしました」
母は年金暮らしとなり、受給額は月7万円ほど。麻美さんの援助がなければ、母と弟の生活が破綻するのは目に見えています。しかし、「ここにいたら、自分の人生はこのまま終わってしまう」という恐怖が、罪悪感を打ち消しました。
麻美さんは決意と共に行動を起こしました。
母と弟が外出している隙を狙い、最低限の荷物をスーツケースに詰め込み、アパートを脱出。ダイニングテーブルの上に、家の鍵とメモだけを残しました。
「一人で暮らします。あとは自分たちでやってください」
着信拒否とLINEのブロックを行った麻美さんですが、勤務先を知っている母親は諦めず、オフィスまで押しかけてきました。
麻美さんはあらかじめ人事部に事情を話し、面会を固く拒否。それでも退社時間までビル前で待ち伏せていた母親に対し、麻美さんは目も合わせず「もう会う気はありません」とだけ言い残し、タクシーへ乗り込みました。
「『冷たい』『親不孝だ』と思われるかもしれません。でも、『二度と会えなくていい』という覚悟で親子関係を断ち切らなければ、私は自分の人生を生きることができなかったんです」
「支え合い」という名の搾取に気づくために
麻美さんの体験を聞いて、「もっと早く家を出ればよかったのに」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、「突然去った父の代わりに母を支えたい」「幼い弟を守らなければ」という強い責任感があったからこそ、彼女は逃げ出せませんでした。また、長年にわたり家族を助けるのがあなたの役割と刷り込まれ続けると、自身が置かれた異常な状況に気づくことすら困難になります。
厚生労働省の「国民生活基礎調査」によれば、ひとり親世帯をはじめとする生活苦のしわ寄せが子どもに向かい、若くして学費や家計の重荷を背負わされるケースは深刻な社会問題となっています。
家族の間の助け合いが、子どもの自立や将来の選択肢を奪うものになれば、それは助け合いではなく搾取になります。
「家族を見捨てるなんて」という罪悪感に苛まれる人も少なくありません。しかし、支え合いと搾取は一見似ているようで、その本質はまったく別のもの。その行為で自分の人生が失われているなら、現状を変える必要があるでしょう。
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