「これからは温泉三昧ね」…夢見た老後は、数ヵ月で終わった
65歳。年金生活が始まり、住宅ローンも完済。「これからは好きなことをして暮らそう」と、夫婦で話していました。まずは箱根。次は草津。北海道にも行こう。海外旅行も一度くらいは──。そんな計画を立て始めた矢先でした。
87歳だった実母が自宅で転倒。大腿骨を骨折し、要介護状態となったのです。施設への入所を考えましたが、母は首を横に振りました。
「他人のお世話になりたくない」
兄は遠方で、妹も仕事と子育てで余裕がありません。結局、同じ町内に住み子育ても終わった悦子さんは、「私がやるしかない」と腹をくくりました。
朝から実家へ通い、食事を作り、洗濯をし、病院へ付き添う。夜になって自宅へ戻れば、自分の家の家事。あっという間に一日が過ぎていきます。
「温泉旅行なんて、そんな気分にはなれませんし、体力も残っていません」
結局、夫の定年から3年が過ぎた今も、一度も実現していません。
現在も資産は5,000万円以上あります。介護費用は母の年金や貯蓄も充てられ、自分たちの老後生活も困っていません。しかし、悦子さんはぽつりと漏らします。
「お金はあるけれど、時間がない。……バブルのころ、みんながハワイだ、グアムだって楽しんでいたでしょう。私は横目で見ながら『老後になったら好きなだけ旅行できる』って思っていました」
そう言って苦笑します。
「貯めてばかりで、馬鹿でしたね。若くて、元気で、子どもも一緒で、親も元気で。そんな時間は、もう二度と戻ってこないんです」
「老後に使う」は、本当に使えるとは限らない
厚生労働省の「簡易生命表(2025年)」によると、日本人女性の平均寿命は88.73歳。一方で、要介護認定率は80代に入ると急速に高まり、親の介護や自身の健康問題に直面する人も少なくありません。
悦子さんもそうでした。自分が「自由になった」と思った途端に親の介護がスタートし、夢見ていた「自由な老後」は訪れなかったのです。
老後資金を準備することはもちろん重要です。しかし、自由な時間も、健康も、そのとき必ず残っているとは限りません。お金・時間・健康。この3つが同時にそろう期間は、思っている以上に短いものです。
「老後になったら楽しもう」という考え方は決して間違いではありません。ただ、その"老後"が想像どおりに訪れる保証もありません。悦子さんの「温泉旅行なんて……」という言葉は、資産額だけでは測れない「人生の使いどき」を静かに問いかけています。
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