「捨てるわけじゃない」近距離別居を選ぶまで
美香さんが母に別居を切り出したのは、それから1ヵ月ほど経ったころでした。
「私、家を出ようと思ってる」
和子さんはすぐには意味が分からなかったようです。
「結婚するわけでもないのに、どうして?」
「一人で暮らしてみたいの。もう55歳だし」
「私を置いて?」
その言葉に、美香さんも胸が痛みました。
実際、美香さん自身も何度も迷いました。母を嫌いになったわけではありません。むしろ長年一緒に暮らしてきたからこそ、自分が家を出ることを「母を見捨てること」のように感じていたのです。
そこで選んだのが、実家から電車で2駅ほど離れた賃貸マンションでした。完全に遠くへ離れるのではなく、必要なら30分以内で実家へ行ける距離です。
「何かあれば帰ってくる。でも、毎日のことまで全部私がやる生活はやめたい」
美香さんはそう伝えました。
別居に向けては、和子さん自身ができることと、娘に頼っていたことを一つずつ整理しました。食料品は宅配も利用する。通院は原則として自分で行き、付き添いが必要なときだけ事前に相談する。困りごとがあれば、地域包括支援センターにも相談することにしました。
引っ越しから3ヵ月。美香さんは週末を中心に母の家を訪れています。以前のように毎日の夕食を一緒に食べることはなくなりましたが、和子さんも少しずつ一人でできることを増やしています。
「母のために生きてきた、というと言いすぎかもしれません。でも、自分の予定より母を優先するのが当たり前だったのは事実です」
親を支えることと、子ども自身の生活を持つことは、必ずしもどちらか一方を選ぶ話ではありません。同居による負担が大きくなっている場合は、近距離別居や外部サービスの利用なども含め、親子双方が無理なく続けられる距離を考えることが大切です。
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