自由を手に入れた妻、取り残された夫
退職後の美沙さんは生き生きとしていました。毎朝早起きをして家事をして、娘の習い事の送り迎え。学校行事にも積極的に参加するようになりました。
以前は休日しか会えなかった友人たちとも交流を再開し、新しいビジネスのアイデアを話し合う時間もできました。それを、亮太さんに嬉しそうに話すのです。
「最近、本当に楽しそうだね」
最初の頃、亮太さんは素直にそう言っていました。しかし、少しずつ気持ちに変化が生まれていきます。
朝7時。自分は満員電車に揺られて出勤する。一方で妻は公園でランニング中。夜9時。 疲れて帰宅すると、妻は友人とカフェで過ごした話を楽しそうにしている。そのたびに胸の奥がざわつきました。
ある日、亮太さんはつい口にしてしまいます。
「毎日暇そうでいいよな」
「え? 暇じゃないよ。むしろやりたいことが多くて、時間が足りないくらい」。そう返され、亮太さんの苛立ちは消えません。その日を境に、些細な言い争いが増えていきました。
ある晩、美沙さんは静かに言いました。
「家のことをやって、娘の面倒も見てる。前よりあなたも楽になったはずだけど、何が不満なの? あなたも仕事をセーブしたいの?」
亮太さんは何も答えられませんでした。美沙さんの資産をあてにして、自分も会社を辞めたり、仕事をセーブしたりすることはできるかもしれない。けれど、自分には美沙さんのようにやりたいことが思い浮かばなかったのです。
しばらくして、「少し距離を置きたい」と、美沙さんは娘を連れて家を出ました。静まり返った部屋で、亮太さんはなぜこうなったのか、自問自答するしかありませんでした。

