「安く暮らせる」はずが…父を弱らせた日常の不便
真由さんが話を聞くと、父の生活にはいくつもの不便が重なっていました。
まず、買い物です。最寄りのスーパーまでは車で20分ほど。最初は問題ないと思っていましたが、慣れない道や夜の運転に不安を感じるようになり、外出回数が減っていました。
病院も近くにはありません。持病の薬をもらうためには、車で市街地まで行く必要がありました。
「雨の日は面倒で、つい先延ばしにしてしまうんだ」
さらに、家の維持も負担でした。庭の草刈り、雨どいの掃除、冬場の寒さ対策。平屋だから安心だと思っていたものの、築年数の古い住宅には手入れが必要でした。
「家は安く買えたけど、住み続けるにはお金も体力もいるんだな」
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の単身無職世帯では、可処分所得が月11万8,465円、消費支出が月14万8,445円となっており、平均では毎月赤字です。隆夫さんの年金月16万円は平均より高く見えますが、車の維持費や住宅修繕費が重なると、余裕があるとは限りません。
真由さんが最も気になったのは、父の孤立でした。
近所付き合いはあるものの、深い関係ではありません。会社員時代の友人とは距離ができ、気軽に会える人もいませんでした。
「一日誰とも話さない日もある」
父がそう言ったとき、真由さんは胸が詰まったといいます。
地方移住が悪かったわけではありません。ただ、父が思い描いていた「静かな暮らし」は、実際には「人との接点が少ない暮らし」でもありました。
その後、真由さんは父と一緒に地域包括支援センターを訪ねました。見守りサービスや配食サービス、地域の高齢者サロン、通院支援など、利用できる仕組みを確認しました。
隆夫さんは最初、少し抵抗しました。
「まだそこまで年寄りじゃない」
しかし真由さんは言いました。
「年寄り扱いしたいんじゃないよ。ここで暮らすなら、一人で全部抱えない方法を考えたいだけ」
現在、隆夫さんは月に数回、地域の集まりに顔を出すようになりました。買い物も、移動販売や宅配を併用しています。
真由さんは、移住そのものを否定していません。ただ、老後の住まいは「家を買うこと」で終わりではありません。その場所で、どう食べ、どう通院し、誰と話し、困ったときに誰へつながるのか。
半年ぶりに訪ねた父の家で真由さんが見たのは、支えのない暮らしが少しずつ人を弱らせていく現実だったのです。
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