38歳で会社を辞めた長男に、父が抱いた不安
「仕事なんて、もうしません。これからは自分の時間を取り戻します」
そう宣言したのは、浩司さん(仮名・68歳)の長男・直樹さん(仮名・38歳)です。
直樹さんは大学卒業後、IT企業で働き続けてきました。独身で、家賃を抑えた賃貸マンションに住み、外食や旅行にもほとんどお金を使いませんでした。30代に入ってからは手取り収入の半分近くを貯蓄と投資に回し、総資産は約6,500万円に達していました。
内訳は預貯金が約1,800万円、投資信託や株式などが約4,700万円です。年間の生活費は約230万円。直樹さんは、運用益と必要に応じた資産の取り崩しで暮らせると計算していました。
会社を辞めると聞いた浩司さんは、「せめて40代までは働いたほうがいい」と反対しました。
「6,500万円は大金だけど、これから50年生きるかもしれないんだぞ」
「何度も計算したよ。ぜいたくをしなければ十分だし、嫌な仕事を続けて体を壊すほうがもったいない」
直樹さんは、長時間労働や人事異動への疲れを訴えていました。休日も仕事の連絡が気になり、月曜が近づくと眠れないこともあったといいます。
総務省『労働力調査(基本集計)2025年平均結果』によると、15~64歳の就業率は80.0%、男性では84.6%。現役世代の大多数が働くなか、30代で完全に仕事を辞める生き方は、依然として一般的とはいえません。
直樹さんは退職後に旅行へ行き、語学を学び、長く中断していた音楽も再開すると話していました。浩司さんも最後には、「自分で築いた金なら、自分で決めればいい」と受け入れました。
ところが、退職から3ヵ月後。連絡が途絶えがちになったことを心配し、浩司さんが長男の部屋を訪ねると、想像していた生活とは違う光景がありました。
昼過ぎまでカーテンは閉じられ、テーブルには弁当の容器が積まれていました。直樹さんは伸びた髪のまま部屋着で現れ、開口一番、「今日、何曜日だっけ」と尋ねたのです。
「旅行や勉強をしていると思っていた。ところが、昼夜が逆転して、ほとんど外にも出ていなかったんです」
浩司さんは、その姿を見て言葉を失いました。
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