「一人で暮らす不安」と「自分で決める自由」
離婚後、和子さんは郊外の小さな賃貸住宅へ移りました。広い家ではありません。家賃も安く、家具も必要最低限です。
それでも、朝起きる時間、食事の内容、出かける予定を自分で決められることに、和子さんは少しずつ安心を覚えるようになりました。
「誰かの機嫌を見ながら一日を組み立てなくていい。それだけで、こんなに違うんだと思いました」
もちろん、生活は楽ではありません。
年金分割を受けても、和子さんの年金だけで余裕のある暮らしができるわけではありません。厚生労働省『令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』では、国民年金の老齢年金受給権者の平均年金月額は令和6年度末で5万9千円とされています。専業主婦期間が長い人にとって、老後の収入不安は現実的な問題です。
総務省『家計調査(2025年)』でも、65歳以上の単身無職世帯では可処分所得約11.8万円に対し、消費支出は約14.8万円で、平均では毎月赤字となっています。
和子さんも、支出を細かく見直しました。外食は控え、服は必要なものだけ。近所の図書館に通い、週に数回は短時間のパートも始めました。
「経済的には、結婚していた頃のほうが安心だったかもしれません」
それでも、戻りたいとは思わないといいます。
「お母さん、最近よく笑うようになったね」
娘からその言葉を聞いたとき、和子さんは自分の選択を少し肯定できた気がしました。
熟年離婚は、決して簡単な再出発ではありません。住まい、年金、医療費、孤独。考えるべきことは多くあります。
それでも和子さんにとって、離婚は夫への反発だけではありませんでした。長く続いた「専業主婦としての役割」から一歩離れ、自分の暮らしを自分で選び直すための決断だったのです。
年金分割は、その再出発を支える一つの制度にすぎません。
和子さんにとって本当に大きかったのは、「これから先の人生を、自分で決めていい」と気づけたことでした。
家族のために過ごしてきた長い年月は、決して無駄ではありません。しかし、その先にもまだ自分の人生は続いている――。和子さんは今、そんな思いを胸に、新しい日々を歩み始めています。
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