「驚き」だけでは人は動かない
人は意外性のある情報に出合うと、瞬間的に注意を向け、感情が動きます。しかし、どれだけ強烈な「驚き」を与えられたとしても、それだけでは購買という行動には結びつきません。
この理由を理解するうえで有効なのが、心理学者ダニエル・カーネマンの提唱した「二重過程理論」です。彼は人間の思考を「システム1」と「システム2」という2つのプロセスで説明しました。
システム1は自動的・直感的に働く思考で、「面白い!」「新しい!」「すごい!」といった感情的な反応をつかさどります。一方のシステム2は、熟考と分析を担う理性的な思考です。人はこの2つのシステムを状況に応じて使い分けています。
驚きが刺激するのは、主にシステム1です。つまり、驚きは「直感的な共感」や「感情的な興奮」を引き起こすのに非常に効果的です。しかし、購買行動の最終段階では、多くの人がシステム2を働かせます。「本当に価値があるのか」「価格に見合うのか」「ほかと比べてどうか」――こうした理性的な問いかけを経て、ようやく「買う」という意思決定に至るのです。
したがって、驚きによって感情を動かしたあとに、理性を納得させるためのステップを設計しなければ、行動には結びつきません。
この「感情の高まり」と「行動」のギャップは、マーケティングの現場で頻繁に観察されます。
筆者自身、何度も経験してきた状況ともいえます。例えば、SNSやテレビ番組で話題になっている商品でも、店頭での売上が伸びないケースは珍しくありません。それは、システム1による一時的な興奮が、システム2による合理的判断にまで届かないからです。「面白い」と思っても、「欲しい」「必要だ」と思うとは限らないのです。
筆者自身、ある加工食品ブランドの施策でこのギャップを痛感しました。対象の商品は「従来のシーンや食べ方とは異なるアレンジメニュー」がSNSで話題になり、それがウェブメディアやテレビにも拡散したほどでしたが、実際の購買データは振るいませんでした。消費者は「面白い」「食べてみたいかも」と目を向けるものの、欲しいという感情にまでは至っていなかったのです。
この経験から私は、驚きを起点にして関心を喚起するだけでは、認識転換は完結しないということを学びました。驚きのあとに必要なのは、「象徴」「現象」「納得」という3つの補完要素です。
「象徴」は、驚きによって揺れた心を受け止め、「この人がそう言うなら受け入れられる」と感じさせる存在です。専門家、マニア、先輩ユーザーなど、信頼できる人の行動や言葉が、新しい見方への心理的な橋渡しを行います。
「現象」は、社会的な文脈での正当性を与える要素です。SNSでの話題化、ニュース露出、口コミなどをうまく活用して「みんなが注目している」「社会が認めている」という共通認識を形成します。
そして「納得」は、個人が購買を自分ごととして理解し、行動に移すための論理的理由づけを提供するものです。
この3つの要素が組み合わさると、驚きは単なる感情的刺激ではなく、人を動かす認識へと昇華します。「象徴」が驚きを肯定するための「質的な」後押し、「現象」が驚きに社会的な信頼を与えた「量的な」後押し、そして、「納得」が驚きを私ごと化する。このプロセスを意識的に設計できるかどうかが、ヒット商品と一過性の話題となる商品との分かれ道になります。
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