どの「村」に属するかで、人はまったく違う存在になる
現代社会では、「正しい答え」を求める姿勢が根強く残っています。「正しい」には前提になるルールや常識があります。さまざまなことが大きく変化しようとしている今、従来のルールや常識にとらわれる必要がなくなりました。むしろ、この大きな変化に合わせて自分自身も変化することが求められます。そういった意味で、認識転換を起こしやすい良い時代になっています。
人に対する認識はその人個人の特性だけでなく、どのコミュニティ (=村)に属しているかに左右されます。学生時代のことを思い出してみれば、その構造は分かりやすいと思います。
サッカー部で過ごす時間が多い人は「サッカー部の○○くん」になりますし、勉強が得意な仲間に囲まれれば「頭がいい○○くん」と認識されることになります。同じ人物であっても、属する“村”が変われば他者から自分に対して持たれる認識が変わるのです。サッカー部に所属しているときはモテていても、サッカー部を辞めたり、引退したりしたらモテなくなるという話をよく聞きます。サッカー部の○○くんとただの○○くんは同じ人物なのに、認識次第で大きく変わります。事実は一つでも、文脈が変わるだけで人はまったく別の存在として扱われるというのは、認識がつくる世界の分かりやすい実例です。
同じ構造は、商品やブランドにも起こります。辛ラーメンとウインナーの組み合わせを取ってみても、「正統派をうたうウインナー」は、ウインナーだけでおいしさが完結する “本格派”といった文脈の村に属しています。しかし、SNS時代のデジタル“村社会”において、「背徳」「健康キャンセル」という価値観を持つ村が勢いを増すと、ウインナーはその村に入れてもらう必要が生まれます。そこで、ウインナーは辛ラーメンと組むことで、“背徳村”の装いになり、新しいキャラクター=背徳ウインナーへと変貌するのです。商品そのものが変わったわけではありません。変わったのは、属する“村”が変わっただけです。
SNSが生活に深く浸透するいま、私たちは無数の小さな村(コミュニティ)のなかで生きています。美容に強い村、キャンプが好きな村、アニメの名台詞で会話する村、「健康キャンセル・背徳」を楽しむ村・・・・・・、それぞれが価値観を共有し、村の色を持ちます。そして、どの村に属するかで、その人(あるいは商品)の見え方は劇的に変わります。
デジタル村社会においては、よそ者のままでは、どれほど優れた商品でも村に入れてもらえないのです。だからこそ、ウインナーは辛ラーメンという仲間づくりをして、その村の世界観になじむ必要がありました。その瞬間、「正統派ウインナー」から「背徳ウインナー」へと認識も加わり、「今日は背徳な気分だ」という日にも選択肢として思い出してもらえる存在になったのです。
マーケティングにおいても、自分自身の生き方においても、この構造を理解することは大きな力になります。どの村に属し、どの村の色をまとうか。そして、自分がどの文脈でどんな存在として認識されたいのか。その選択こそが、世界の見え方も、自分の可能性も、商品やブランドの価値も、大きく変えていくのです。

