「同じ家にいるのに、会話がない」…“静かな家庭内別居”
空気が変わったのは、生活費の話が出るようになってからでした。
正志さん夫婦は、真理さんから毎月5万円を生活費として受け取っていました。しかし、光熱費や食費が上がる中で、和代さんは徐々に不満を抱くようになります。
「こっちも年金生活なのに…」
夫婦の年金収入は月20万円ほど。住宅ローンは終わっていましたが、物価上昇の影響は小さくありませんでした。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得が月22万1,544円に対し、消費支出は月26万3,979円で、平均では赤字となっています。高齢世帯では、食費や光熱費の上昇が家計に与える影響も大きくなっています。
一方、真理さんにも余裕はありませんでした。給与は以前より下がり、将来への不安も強まっていました。
「私だって楽じゃないよ」
そう言われるたび、和代さんは何も返せなくなったといいます。
やがて三人は、食事の時間をずらすようになります。真理さんは自室で食べることが増え、リビングにいてもイヤホンを外さなくなりました。
正志さんも、なるべく娘と顔を合わせないよう散歩へ出る時間が長くなっていきます。
「同じ家にいるのに、空気が重かったんです」
ある夜、正志さんはぽつりと言いました。
「昔みたいには戻れないんだな」
その言葉に、和代さんは何も言えなかったといいます。
真理さんもまた、苦しんでいました。
「親に甘えていると思われたくない。でも、一人で暮らす余裕もない」
親子だからこそ、遠慮と依存が混ざりやすい。互いに“家族なんだから分かってくれるはず”と思う一方で、本音を言えなくなっていったのです。
現在、真理さんは再び一人暮らしをする方向で準備を進めています。
「嫌いになったわけじゃないんです。ただ、“近すぎる”と苦しくなることもあるんだと思いました」
和代さんも、静かにこう話しました。
「一緒に暮らせば安心だと思っていました。でも、“家族だからうまくいく”とは限らないんですね」
親子同居は、支え合いにもなります。しかし、それは“昔と同じ家族関係に戻る”ということではありません。長い年月を経て、それぞれが別の生活を築いてきたからこそ、近づきすぎることで見えてしまう距離もあるのです。
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