「まだ投資やってないの?」―お酒の席での“親切心
永野さん(仮名・69歳)は、現在約9,000万円の資産を持ち、お金の不安とは無縁の老後を送っています。
60歳当時、退職金を受け取ると住宅ローンを完済。それと同時に、退職金の残りと預貯金を使い、本格的に投資をスタートしました。米国株や全世界株インデックスファンドを中心にした手堅い運用です。これが時代の波にのり、5年後の65歳時点で全資産が5,000万円を超えました。
資産が想像以上に増えた喜びと、少しの酔いもあったのでしょう。65歳時、旧友と飲み会をしたときのこと。老後資金の話題になった際、永野さんはこんな話をしたのです。
「絶対に投資はしたほうがいい。俺なんて投資でもの凄い増えたぞ! 1,000万円どころじゃない、もっとだ。NISAを使えば得なのに、どうしてみんなやらないんだ」
同席していた友人たちは、全員投資とは無縁でした。自慢する意図はなく、酔っていたとはいえ、「良い情報を仲間にも教えてあげたい」という善意。しかしこれが、まさかの事態を引き起こします。
「お前の話さえ聞かなければ…」震える友人からの電話
友人の末井さん(仮名)から、思い詰めたような声で電話がかかってきたのは、それから数ヵ月たった時でした。
「永野、大変なことになった。お前の話なんて、聞かなければよかった……」
末井さんは永野さんの言葉に触発され、投資を始めたといいます。当時は新NISAが始まる前の旧制度。末井さんは最初「一般NISA」で投資を始めたものの、年間120万円という投資枠の少なさに「自分はスタートが遅いから、こんな金額では足りない」と焦りを感じてしまいます。
そして、課税口座を使って、SNSやYouTubeで話題だった成長株へ自己資金の大部分である800万円をつぎ込みました。さらに、手っ取り早く儲けようと「信用取引」で2倍のレバレッジをかける暴挙に出たのです。
しかし、株価は一気に約30%ダウン。レバレッジをかけていた末井さんの評価損は約480万円に膨らみ、ロスカットを余儀なくされました。この時点で、元本の6割にあたる資金が消し飛んだのです。
「この損を取り戻さないと、本当に老後が終わる」
パニックになった末井さんは、残された資金でさらにハイリスクな投資に突っ込みました。しかし、泥沼にハマった人間が冷静な判断をできるはずもありません。結果、わずか数ヵ月で800万円の老後資金はほぼゼロになりました。
「お前が儲かっている話を聞いて、理性が狂ってしまったんだ。なけなしの金を全部失った。投資なんて、始めなければよかった……」
現在、69歳になった永野さん。保有ファンドは上昇を続け、総資産は9,000万円を超えました。個人投資家としては大成功といえます。しかしあの日以来、永野さんは外でお金や投資の話を一切しないと心に決めています。
あの電話から4年が経った今も、末井さんの震える声が耳にこびりついて離れません。危ない投資を勧めたわけではない。それでも、「投資のきっかけを作ってしまった側」としての後ろめたさが消えないのです。

