離婚が「自社株問題」に変わった日
数ヵ月後、家の中の距離は修復不可能なほどに開き、妻は離婚を切り出しました。
「そんな大げさな話じゃないだろ」と、石田社長は当初、本気にしていませんでしたが、妻が弁護士へ相談していることで初めて事態の深刻さを理解します。
ここから、話は一気に変わります。親権。財産分与。そして、自社株。問題は「感情」から「経営」へとスライドしていったのです。焦点となったのは、自社株の財産分与でした。
石田社長の会社は年商20億円の未上場企業です。株式の大半を保有し、経営権を握っていました。しかし、婚姻期間中に形成された財産は共有財産とみなされます。つまり、“会社の価値”も無関係ではいられないということ。
弁護士は「株式評価に基づいた分与が必要になります」と説明しました。石田社長の「会社は現金化できないし、俺が作ったものだ」という主張は通用しません。
算定された株価は、内部留保や成長実績を反映し、石田社長の想像を遥かに超える金額になっていました。利益剰余金や会社の成長そのものが分与額を押し上げていたようです。未上場株を現金化する術を持たない彼は、結果として「株式の一部譲渡」と「多額の現金分与」を余儀なくされます。
失ったのは家庭だけではない。“支配力”だった
離婚の影響は、会社組織にも波及しました。
売上が急激に落ちたわけではありませんが、社内の空気は確実に変わりました。社長が「即決」を求めても、役員や社員から「一度社内で検討しましょう」と慎重な声が出るようになったのです。
理由はシンプルでした。「社長の基盤が不安定だ」とみられはじめたからです。
さらに、株式分散の噂が社内に広がりました。「元奥さんに株が渡ったらしい」「株主構成とか今後どうなるんだろう」誰も正面からはいわないものの、オーナー企業において“絶対的支配”は信用そのもの。そこが揺らいだ瞬間、組織はまとまらなくなるものです。
ついに銀行までもが動きを変えました。
「株主構成や資産状況について、追加で確認させてください」
それまで融資は順調でしたが、確認事項が増え時間がかかるように。銀行側は「誰がこの会社の実権を握っているのか」を注視しはじめました。家庭の崩壊は、経営者個人の信用を、ひいては会社の信用を根底から揺るがします。
経営者が本当に設計すべきもの
今回の問題の本質は、離婚そのものではありません。家庭という「見えないインフラ」を、無設計のまま放置していたことにあります。
石田社長は家庭を「感情の領域」と切り離して考えていましたが、実際には経営を支える強固な構造体の一部でした。彼が本来やるべきだったのは、以下の3点です。
・家庭内の役割と価値を言語化すること
・感謝や敬意を仕組みではなく日常で示すこと
・資産と経営権を分けて設計しておくこと
経営者は事業戦略や税務には心血を注ぎますが、最も足元を掬いかねない「家庭」を放置しがちです。人間関係の歪みは、必ず時間差で経営に跳ね返ってきます。
関係が崩れてから修復を試みても、多くの場合、時すでに遅しです。あなたの自社株、そして経営権は、本当に「安全な場所」にあるでしょうか?
萩原 峻大
東京財託グループ 代表
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