課税強化による富裕層の行動変化
2026年度税制改正の大綱において、極めて高い水準の所得に対して追加課税を行ういわゆる「ミニマムタックス」の強化が織り込まれ、2026年3月31日に所得税法等の一部を改正する法律として成立・公布されました。
ミニマムタックスは、所得が1億円を超えると所得税の負担率が下がるいわゆる「1億円の壁」問題を是正する狙いで導入されました。「1億円の壁」が生じる要因は、会社員の給与などに適用される超過累進課税(最高税率45%)に対して、富裕層の所得を構成する割合の大きい金融所得に対する所得税率が低いことです。例えば、個人の株式譲渡益に対する税率は一律で20.315%(所得税率15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%を合わせた税率)となっています(申告分離課税)。
ミニマムタックスの概要
ミニマムタックスは令和5年度税制改正で創設され、2025年分以後の所得税から適用されています。給与所得や不動産所得、譲渡所得などの合計所得金額から特別控除額の3億3,000万円を差し引いた金額に22.5%の税率をかけて税額を計算し、これが通常の所得税率に基づく課税額を上回る場合はその差額を納税することになりました。
これが今回の改正によって2027年以降は同非課税枠が1億6500万円に半減するとともに、税率も30%に引き上げられることになりますから、課税が大幅に強化された印象です。
ミニマムタックスの計算イメージ
<改正前>
(基準所得金額−特別控除額3.3億円)×22.5%
<改正後>
(基準所得金額−特別控除額1.65億円)×30%
上記計算結果が基準所得税額を超える場合に、その超える部分の金額を納税する。
なお、住民税はミニマムタックスの影響を受けない(株式譲渡益については従来通り5%)。
今回の改正により、もはや法人税の実効税率と近い水準の税金が個人に課されることになるため、対象となる個人にとっては、相対的に資産管理会社を活用することの重要性が増してくることでしょう(資産管理会社のメリットについての詳細は、記事『事業売却の“前”に知っておきたい「資産管理会社」の活用法』をご覧ください)。
ミニマムタックスは、高額の所得が生じやすい事業承継M&Aにも大きく影響を及ぼします。今回の改正後の新しい課税計算式によれば、株式譲渡対価がおよそ3.5億円を上回る場合にはミニマムタックスの対象として追加課税が行われる計算になります(5%みなし取得費を適用した場合。株式の取得費によって試算結果は異なる)。
多くの事業オーナーが影響を受ける金額水準であるため、今年は一定数の事業売却の駆け込み需要が生まれています。オーナーズが提供する事業承継支援サービスRISONAL(リソナル)の調査によれば、事業承継を検討中のオーナーのうち、22.3%が「2026年中へ事業の売却を早める方針」であり、「早めるか検討中」のオーナーを含めると、今回の課税強化が過半数のオーナーの売却時期に影響を与えていることがわかります。
出典:https://risonal.com/
私共オーナーズでも現在、年内のクロージングを目指した事業売却案件を相当数ご支援しており、実感としても今回の改正の影響を感じています。
課税強化後に事業を売却するケースにおいては、M&Aにおける所得金額をできるだけ少なくする工夫がこれまで以上に重要になります。会社分割などを活用した譲渡手法や役員退職金を活用するケースが増加することでしょう(詳しくは記事『【富裕層課税強化】基準所得金額⇒1億6,500万円超に引き下げ、課税額⇒30%に引き上げへ…事業承継を焦る経営者たちの厳しい実情』をご覧ください)。
富裕層の海外移住検討が広がる可能性
ミニマムタックスの強化により、所得税率が低くキャピタルゲイン課税がない海外拠点への移住を検討する富裕層も増えているように思います。日本は相続税も高税率ですから、贈与・相続税のない国への移住を検討するケースも多く、最近ではシンガポールやマレーシアなどへの移住を検討する富裕層が多いのではないでしょうか。こうした富裕層の移住先は住環境・教育環境も整っており、富裕層はそのあたりも含め、総合的に実際の移住先を選択していることが窺えます。今後、富裕層課税を強化するトレンドが続けば、富裕層の海外流出がさらに進むことになるかもしれません。
以下では、海外移住者が留意すべき、現在の日本の税制について触れておきます。
日本における相続税・贈与税の納税義務者
贈与・相続税に関して、日本における納税義務が生じないためには条件があります。
被相続人と相続人(または受贈者・贈与者)のいずれかが日本国内に住所があれば「無制限納税義務者」として、国内財産、国外財産のすべてが課税対象になります。一方、相続人・被相続人(または受贈者・贈与者)ともに「制限納税義務者」の条件を満たせば、相続(贈与)時に課税される対象は日本の財産のみとなります。
この制限納税義務者と認定されるには、相続人・被相続人(または受贈者・贈与者)のいずれもが、10年以上外国に在住していることが必要です。
2カ国以上に生活がまたがる場合の住所は、住居や国籍、職業、資産の所在、親族の居住状況といった客観的事実に基づいて総合的・実質的に判断されることになります。単に年の過半(183日間以上)海外で過ごせばよいという単純な話ではありませんので、注意が必要です。
なお、この10年という期間は2017年の税制改正で以前の5年から延長されたものです。今後の税制改正によってさらに期間が延長されるようなことがあれば、計画が大きく狂ってしまうリスクがあるといえるでしょう。
なお、10年以上海外に居住した場合でも、前述の通り日本国内の財産に対しては相続税・贈与税が課されるので注意が必要です。
国外転出時課税制度
国外への移住を検討する場合、2015年度の税制改正で創設された「国外転出時課税制度」にも注意が必要です。同制度においては、日本国外に転出をする居住者が1億円以上の有価証券等(非上場会社株式を含む)の対象資産を所有している場合、国外転出時に資産の譲渡等があったものとみなされ、含み益に所得税及び復興特別所得税が課されます。
このように海外移住をめぐる税制は非常に複雑なものになっていますから、ご自身で判断することなく、税務専門家を交えて検討することをお勧めします。
少し飛躍しますが、将来的にNASAで開発が進むX-59のような超音速旅客機の商用化が進めば、現在の2倍以上の速度で海外拠点間を移動することが可能となるそうです。国内の富裕層課税強化の流れに加えて、こうした技術革新により海外移住のハードルが一段と下がれば、富裕層が海外を目指すトレンドがさらに加速することになるかもしれません。対応する形で、海外移住者に対する税制が今後さらに強化される可能性もあるため、留意が必要です。
作田 隆吉
オーナーズ株式会社
代表取締役社長
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