まだここにいるの?…何気ない一言が突きつけた“外からの視線”
転機となったのはこの春休みでした。姉の家族が帰省し、小学6年生の甥が何気なくこう口にしたのです。
「おじさん、まだここにいるの?」
悪意のない、ただの一言でした。けれど、その場の空気は一瞬止まりました。姉はあわてて「そういう言い方しないの」とたしなめましたが、祥一さんは返す言葉が見つからなかったといいます。
「子どもだから、思ったことをそのまま言っただけなんですよね。でも、たぶん世間の感覚って、ああいうものなんだろうなと思いました」
その夜、食卓を片づけながら、祥一さんはひどく疲れた気持ちになったそうです。
「自分では“親のためになっている”“合理的である”と思っていても、外から見れば“ずっと実家にいる人”なんだな、と」
甥の言葉はしばらく頭から離れませんでした。祥一さんは初めて、本気で実家を出ることを考えたといいます。通勤圏内の賃貸を調べ、家賃相場や初期費用も確認しました。金銭面だけなら、すぐにでも動けるはずでした。
それでも、踏み切れなかったのです。
「家を出ること自体は簡単なんです。でも、出たあとに何が変わるのかと考えると、急に分からなくなってしまって」
理由は一つではありませんでした。父母の通院や買い物の補助があること。空き部屋の多い実家を、結局は誰かが維持しなければならないこと。そして何より、自分自身がすでにこの生活に慣れ切ってしまっていたことでした。
「たぶん、“出方が分からなくなっている”んです」
内閣府『令和7年版 高齢社会白書』によると、65歳以上の者のいる世帯のうち20.2%が「親と未婚の子のみの世帯」です。高齢の親と未婚の子が同居する世帯は、決して例外的な形ではありません。ですが、統計上一定数あることと、当事者が葛藤なく暮らせることは別問題です。
祥一さんも、親との同居が不幸だとは思っていません。食事をともにし、必要なときに助け合える安心感は確かにあるといいます。ただ、その安心の裏側で、自分の人生を自分で決めきれていない感覚も強まっていきました。
「結婚しなかったことも、家を出なかったことも、自分で選んだ面はあります。でも、選び続けたというより、“今のままで困らないから先延ばしにしてきた”のかもしれません」
