深夜の電話に走った緊張…「いつもと違う」母の声
会社員の雅彦さん(仮名・54歳)のもとに、母・節子さん(仮名・82歳)から電話があったのは、夜11時を過ぎたころでした。
「助けてほしいの」
受話器越しの母の声は、かすれていました。
「どうしたの?」
そう聞いても、節子さんははっきり答えません。
「家の中が、変なの。どこに置いたか分からなくて……」
雅彦さんは胸騒ぎを覚えました。
節子さんは、父を亡くしてから実家で一人暮らしを続けていました。年金は月13万円ほど。持ち家のため家賃負担はなく、近所付き合いもあり、これまでは「まだ一人で大丈夫」と本人も家族も思っていました。
ただ、ここ数ヵ月、気になることはありました。
同じ話を何度もする。約束の日を間違える。冷蔵庫に同じ食品がいくつも入っている。雅彦さんは「年相応の物忘れだろう」と考え、深く受け止めていませんでした。
しかし、その夜の電話は違いました。
車で1時間ほどかけて実家へ向かった雅彦さんは、玄関を開けた瞬間、言葉を失いました。
廊下には新聞紙や通販の段ボールが積まれ、台所の床には買い物袋がいくつも置かれていました。冷蔵庫の中には、賞味期限の切れた総菜や牛乳が残り、同じ卵のパックが複数入っています。
居間では、節子さんがコートを着たまま座り込んでいました。
「寒くてね。でも、エアコンのつけ方が分からなくなっちゃって」
リモコンはテーブルの上にありました。けれど、節子さんはそれを使えずにいたのです。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の単身無職世帯の消費支出は月約14.9万円、可処分所得は月約12.4万円で、平均では毎月赤字となっています。高齢単身世帯では、経済面だけでなく、日常生活をどう維持するかも大きな課題です。
雅彦さんは、母の生活が想像以上に崩れていたことを、その夜初めて知りました。
