「月2万円の小遣いで20年」57歳父が絶句した日
「私みたいな人生を歩ませたくなかったんです」
そう語るのは、会社員のBさん(57歳・仮名)。製造業の現場で長く働き、年収はおよそ480万円。妻もスーパーのパートで家計を支えてきました。
Bさんは高校卒業後、進学を諦めています。
「父親が病気がちで、家に余裕なんてなかった。進学したいなんて言える空気じゃなかった。それで、一生こうしてブルーカラーで働くしかない。でも、子どもだけは“仕事を選べる側”にしてやりたかった」
その思いは、息子が生まれた瞬間から揺らがなかったといいます。
小学校の頃から学習塾へ。中学受験こそしなかったものの、高校受験、大学受験と、常に「少しでも上を目指せ」と背中を押し続けました。
一方で、自分たちの生活は徹底して切り詰めました。Bさんの小遣いは20年以上、月2万円。飲み会は断り、服は何年も同じものを着続けたといいます。
「旅行なんてほとんど行ってない。児童手当も全部貯金。学資保険もやって、とにかく教育費だけは死守しようって」
夫婦で必死に積み上げた結果、息子は有名私立大学へ進学。その後、大手メーカー、いわゆるJTC(Japanese Traditional Company)と呼ばれる安定企業への就職も決まりました。
「報われたと思いました。自分の代で、貧しさの連鎖を断ち切れた気がしたんです」
息子を囲み、家族で祝杯をあげたといいます。 ところが、社会人2年目の冬。息子から思いもよらない言葉が飛び出します。
――「会社を辞めたい」
