(※写真はイメージです/PIXTA)

「親が亡くなったので、実家を売って相続人同士で分けたい」…相続の現場ではありふれた相談です。しかし、売却手続きを進めるうちに「行方不明の相続人(所在不明相続人)」の存在が判明し、手続きがストップする、そんなケースもあるのです。実情と対策について見ていきます。司法書士・佐伯知哉氏が解説します。

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「相続人の一人の所在が不明」…まさかの指摘に万事休す!?

相続の現場において「実家を売却して相続人同士で分ける」ことは、ごく一般的な手続きです。相続登記の準備を進め、不動産会社に査定を依頼し、「さて、ようやく売れるぞ!」と思ったところで、

 

「相続人のうち、お一人の所在がわかりません。このままでは遺産分割協議ができず、不動産の売却も進められません」

 

というまさかの事態に――。

 

実は「所在のわからない相続人」によって相続手続きが停まってしまうことは、さほど珍しくありません。つきあいが途絶えて連絡が取れないきょうだいや、実は亡くなった親が再婚者で片親違いのきょうだいの存在が判明するも、彼らと連絡手段がないケースなどもあります。

「行方不明の相続人」がいると、実家が売れなくなる理由

まず前提として押さえておきたいのは、相続発生の時点で自動的に「全員の共有名義に書き換わる」わけではないという点です。

 

人が亡くなると、その方の財産は「遺産」の状態になり、だれがどの財産を取得するかは、相続人全員による遺産分割協議で決める必要があります。

 

不動産についても同じで、

 

「実家をだれが相続するか」

「売却して代金を分けるのか」

 

といったことは、相続人全員で話し合い、合意内容を「遺産分割協議書」という形にまとめるのが原則です。

 

したがって、

 

●相続人の一部が行方不明である

●住所はわかっているが、連絡がつかない・協議に一切応じない

 

といった相続人がいると、そもそも遺産分割協議そのものが成り立たず、「実家を売る」「名義を変える」以前の段階で止まってしまうことになります。

 

不動産会社からすると、

 

「相続人全員の合意が確認できなければ売買契約書を作れない」

「後から『そんな協議には参加していない』と言われるリスクがある」

 

といった理由から、所在不明相続人がいる相続不動産の売却には非常に慎重にならざるを得ないのです。

実務でよくある“所在不明相続人”のパターン

「行方不明の相続人」といっても、中身はさまざまです。どのパターンに該当するかによって、取れる手段も変わってきます。

 

パターン①:戸籍上の追跡が難しいケース

戸籍は保存期間が長期で、通常は本籍地の移動や改製があっても、しっかりと辿れるように制度設計されています。そのため、「戸籍が古いから追えない」という意味で完全に行方が途絶えてしまうケースは、実務上そう多いものではありません。

 

しかし、例外的に、

 

●被相続人の出生地が北方領土である

●元は外国籍で、日本に帰化してから戸籍が編成されている

 

といった事情があると、戸籍や身分関係の追跡に専門的な検討が必要となり、相続人調査の難易度が一段上がることがあります。

 

また、戸籍そのものは追えていたとしても、

 

●本籍が何度も転籍している

●婚姻・離婚・養子縁組などで氏名が複数回変わっている

 

といったケースでは、専門家ではない方が「どこまで揃えば完全なのか」「本当に相続人はこの人たちだけなのか」を判断するのが極めて難しいのが実情です。

 

戸籍の取り寄せを中途半端なところで止めてしまい、「実はほかに相続人がいた」「認知した子が残っていた」という事実があとから発覚すると、不動産売却や相続手続き全体が振り出しに戻ることにもなりかねません。

 

パターン②:海外在住・いわゆる「海外に逃げた」ケース

相続人が若い頃に海外へ移住し、そのまま現地で結婚・就職している場合や、ビジネスや個人的な事情から「海外に逃げた」といわれるケースもあります。

 

この場合、

 

●住んでいる国はなんとなくわかるが、正確な住所がわからない

●連絡先はSNSだけで、メッセージを送っても反応がない

●現地の配偶者を介してしか連絡できず、言語の壁もある

 

といった要素が重なり、実務上は国内の所在不明相続人以上に対応が難航することが少なくありません。

 

パターン③:住所はわかるが「連絡拒否・協力拒否」のケース

住所も電話番号もわかっており、戸籍上も相続人であることは間違いないのですが、それにもかかわらず、

 

●電話に出ない、折り返しもない

●手紙や内容証明郵便を送っても返事がない

 

といった対応で、「自分は関係ない」「勝手にやってくれ」とばかりに、一切応じない「協力拒否」タイプの相続人もいます。

 

厳密には「所在不明相続人」ではありませんが、結果的に遺産分割協議が進まず、行方不明相続人と同様の問題を引き起こします。

法律上の解決策…不在者財産管理人の選任・調停・新制度活用

それでは、こうした所在不明・行方不明相続人がいる場合、どのような法的手段があるのでしょうか。代表的なものを整理します。

 

①不在者財産管理人の選任

相続人の住所や居所がわからず、連絡も取れない場合、家庭裁判所に申し立てをして「不在者財産管理人」を選任してもらう方法があります。

 

不在者財産管理人は、行方不明となっている相続人に代わって財産を管理する人で、多くの場合は弁護士などの専門職が選任されます。

 

この管理人が、行方不明相続人の立場を代弁する形で遺産分割協議に参加したり、不動産売却に必要な手続を進めていくことにより、相続人全員の意思がそろわなくても、一定の範囲で手続きを前に進めることが可能になります。

 

もっとも、

 

●家庭裁判所への申立て

●管理人の選任・報酬に関する費用

●不動産売却の許可申立て

 

等を行うにはそれなりの時間とコストを要するため、簡単に使える「魔法のカード」ではありません。

 

②遺産分割調停・審判、共有物分割訴訟

所在は分かっているものの、協議に応じない相続人がいる場合には、

 

1. 家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てる

2. 調停で話し合いがまとまらなければ、審判(裁判所による判断)へ移行する

 

という流れが基本になります。

 

また、どうしても合意が得られず、実家の売却が必要な場合には、

 

●実家を売却して代金を分ける「換価分割」を前提にした審判

●さらには、共有物分割訴訟を提起し、最終的に競売による処分を視野に入れる

 

といった、かなり強度の高い手段を検討せざるを得ないこともあります。

 

③2023年改正民法による「所在等不明共有者」に関する新制度

相続人の一部が行方不明で、結果として共有不動産の一部持分の所有者が所在不明になってしまっているケースに対応するため、2023年の民法改正で新しい制度も設けられました。

 

●所在等不明共有者の持分を、裁判所の関与のもとで取得する制度

●売却を前提として、所在等不明共有者の持分を譲渡できる制度

 

などにより、従来よりも不動産の処分がしやすくなっています。

 

もっとも、相続によって共有となった「遺産共有」に関しては、相続開始から一定期間(原則10年)が経過していないと使えないなど、要件も細かく定められています。

 

また、裁判所への申立てや価格の決定・供託といったステップも必要なため、「簡単にすぐ片づく制度」というよりは、既存の手続きに新たな選択肢が増えたというイメージで捉えるのが現実的です。

行方不明相続人問題がもたらす「見えないコスト」の問題

ここまで見てきたように、所在不明相続人・行方不明相続人がいる相続不動産についても、法律上の手段はまったくないわけではありません。

 

しかし、実務の感覚としては、次のような「見えないコスト」が重くのしかかります。

 

●家庭裁判所での手続きに、数ヵ月〜1年以上かかるケースも

●不在者財産管理人や調停・訴訟に伴い、弁護士費用・司法書士費用などが発生

●その間にも、固定資産税や空き家の維持費が発生

●売却のタイミングを逃し、物件価格が下落するリスク

●相続人同士の感情的な鬱憤や疲弊の蓄積

 

「実家を売りたいだけなのに、ここまで大ごとになるとは思わなかった」という声は、相続現場では決して珍しくありません。

「行方不明相続人」を生まないために、生前からできる対策とは

ここまで読んで「そんな面倒なことになる前に、なにか手を打てなかったのか」と感じられた方も多いのではないでしょうか。実際、「実家を売りたいのに売れない」という事態の多くは、生前のちょっとした準備でリスクをかなり減らすことができます。

 

①遺言書で「誰にどの不動産を渡すか」を決めておく

遺言書を準備しておき、

 

●自宅は同居している子に相続させる

●代わりに預貯金や保険でバランスを取

 

といった内容を明確にしておけば、「相続人全員の共有」にした結果、売りたいのに売れない…という状況を回避しやすくなります。

 

②家族信託で「将来の売却ルール」まで設計しておく

親が元気なうちに家族信託を組み、

 

●将来、介護費用や施設入居費用のために実家を売却できるようにしておく

●空き家になるリスクを見越して、処分方法やタイミングのルールを決めておく

 

といった設計をしておけば、認知症や判断能力の低下があっても、「売りたいのに売れない」という困った事態を事前に回避しやすくなります。

 

③疎遠な親族の存在を「見て見ぬふり」しない

相続人になり得る、

 

●前婚の子ども

●長年疎遠になっている兄弟姉妹

●海外に移住したまま音信不通の親族

 

といった人の存在を「面倒だから」と放置してしまうと、将来の相続場面で「所在不明相続人」として一気に問題が噴き出すことがあります。

 

可能な範囲で構いませんので、

 

●どのタイミングで誰が相続人になるのか

●いざというときに連絡が取れるのか

 

といった点だけでも、生前のうちに整理しておくことが望ましいと言えます。

「実家を売りたいのに売れない」となる前に

最後に、ポイントを整理しましょう。

 

ポイント①

相続が発生しただけで実家を自由に売却できるわけではなく、まず相続人全員による遺産分割協議が必要になる。

 

ポイント②

行方不明・所在不明の相続人や、連絡拒否の相続人がいると、遺産分割協議が成立せず、「実家を売りたいのに売れない」という状態に陥る。

 

ポイント③

法律上は、不在者財産管理人の選任、遺産分割調停・審判、共有物分割訴訟、さらには改正民法による所在等不明共有者に関する新制度など、いくつかの解決手段が用意されている。

 

ポイント④

しかし、いずれも時間・費用・精神的負担の面でハードルが高く、できることなら「そうなる前に手を打つ」ことが望ましい。

 

ポイント⑤

遺言書や家族信託といった生前対策により、“行方不明相続人問題”が顕在化するリスクを大きく下げることができる。

 

すでに相続が発生しており、

 

●行方不明の相続人がいる

●一部の相続人と連絡が取れない

●不動産会社から「このままでは売却できません」と言われている

 

という方は、ネット検索やAIの情報だけで対処するのではなく、一度、相続と不動産に詳しい専門家に相談してみることをお勧めします。

 

まだ両親が健在で「実家の今後」が気になり始めた段階にあるなら、「うちの家族の場合、どんなトラブルが起こり得るか」を早めに洗い出し、遺言や家族信託などを含めた生前対策を検討することが、結果的に家族全員を守ることにつながります。

 

「実家を売りたいのに売れない」という事態が起こる前に、所在不明相続人・行方不明相続人の問題は、早めの情報収集と専門家への相談で、リスクを相当程度コントロールすることが可能です。

 

 

佐伯 知哉
司法書士法人さえき事務所 所長

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