医学に加え“文学や芸術”を学ぶことが「人を診る仕事」につながるワケ。〈表現力〉を重んじる現役45年の医師が伝えたいコミュニケーション術

医学に加え“文学や芸術”を学ぶことが「人を診る仕事」につながるワケ。〈表現力〉を重んじる現役45年の医師が伝えたいコミュニケーション術
(※写真はイメージです/PIXTA)

医師が最良の治療を提供するためには、ガイドラインどおりの対応に終始するのではなく、目の前の患者と積極的にコミュニケーションを取ることが欠かせないでしょう。医師は「人を診る仕事」であり、豊富な医学の知識に加えて「患者の意思を読み取る」能力が求められます。文学や芸術などを学ぶことで感受性を高め、周りの同僚・上司との協働を重視することで、医師に必要な表現力はより養われるのかもしれません。本記事では、小林修三氏の著書『医師として』(幻冬舎メディアコンサルティング)より、医師という職業に求められる「人間力」の重要性について紹介します。

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For the patient と Passion・Mission・Love

表現力が必要になるのは、患者や一般市民を相手にするときだけではない。同業者であるほかの医師や病院スタッフとのコミュニケーションでも必要になる。

例えば、ある患者の治療方針を決めるための病院内でのカンファレンスの場では、自分のしようとする治療について先輩や上司の医師に説明して理解を求めなければならない。そのときに、「何を言っているのかさっぱり分からない」と思われれば、「自分がどれほどこの治療が良いと思っているか」というような熱意や考えを相手に伝えることが難しくなる。

医師は病気が起こる原因や理由を明らかにし、もっと良い治療方法がないかを考えるべきであるという説明はすでにした。例えば、徹底的に考えた結果「この方法であれば手術時間がもっと短くなり、もっと出血量が少なくなるはずだ」「ガイドラインには、この疾患にはAとBという薬剤がそれぞれファーストライン、セカンドラインとなっているが、ほかの疾患に適用されるCという薬剤のほうが効果は高そうだ」などと思いついたとする。

それがFor the patient(患者のため)になるならば、先輩や上司に対して理解を求めなければならない。そのときに、言葉を尽くして説明するために表現力が必要なのである。

ただ、どんなに良い治療法を思いついたとしても、法律に違反していれば、また医療者としての倫理や道徳に反していれば元も子もない。また、保険診療になっていなければかかる費用が病院の持ち出しになってしまう。そのため、心配な場合は倫理委員会にかければよい。そこで堂々と「私はこうすれば患者のためになると思います」と自分の提案を主張してほしい。

倫理委員会にかけた結果、残念ながら自分の提案はNGとされても、今は時期尚早だったと思えばよい。1回や2回提案が却下されても、よりブラッシュアップしてまた時期を空けて倫理委員会で提案すれば、次は提案が通る可能性もある。自分の提案した治療が将来的に標準治療として採用される日がきっと来る、やがて自分の時代が来ると信じて待つことだ。

実際、筆者の行ったネフローゼ症候群に対するLDL吸着の治療や、透析患者へのフットケアについて1本論文をしたためておいたことで、のちに保険点数がつくようになった。それはすでに説明したとおりである。

もう1例、実は若い頃に筆者が行ったことが今ではスタンダードになっている治療がある。それは、今でいう在宅酸素療法である。

45年ほど前、筆者がまだ初期研修医だった頃に、末期の乳がんの30代女性を担当したときの話である。彼女のがんは全身に転移していて、もう余命いくばくもない状態だった。毎年、年の瀬が迫ってくると「教授回診」で入院患者一人ひとりについて年末年始に一時帰宅させるか、そのまま入院させておくかを教授に報告する行事がある。

その教授回診を前に、彼女に何がしたいかを尋ねた。すると「家へ帰りたい」と言う。家へ帰ってテレビで紅白歌合戦を観たいと希望したのだった。彼女は病院ではずっと酸素を吸入していたのだが、当時はまだ在宅酸素療法のない時代である。たった1泊とはいえ、一時帰宅させるのは難しいと思われた。しかし同時に思いついたのが、「酸素ボンベさえあれば帰宅させることができる」ということだ。

彼女は酸素を吸入するためだけに大学病院に入院していたようなものだったから、家に酸素を持っていくことができれば、家に帰せると思ったのだった。教授回診でも「この人は末期の乳がん患者だよな。この人はどうするんだい」と教授に聞かれたときには、「家に帰します。酸素さえあれば家に帰せるんですが」と提案した。

教授にも「そうだよなあ」と言われたが、当時酸素投与は病院でするものと考えられていたため、話はそれ以上進展せず、そこで終わった。直属の上司にも相談したが、病院からの許可は出そうにもなかった。

 

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※本連載は、小林修三氏の著書『医師として』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集したものです。

医師として

医師として

小林 修三

幻冬舎メディアコンサルティング

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