(※写真はイメージです/PIXTA)

定年退職とは、「会社員」という最大の役割を終える日です。しかし、夫が初めて“個人”として家庭と向き合ったとき、そこに自分の居場所がないと気づくことも……。本記事では、恵子さんの事例とともに、定年後に訪れる“心の再編”について合同会社エミタメの代表を務めるFPの三原由紀氏が解説します。※相談事例は本人の許諾を得てプライバシーのため一部脚色しています。

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他人事ではない「定年離婚」…移行期に気をつけたい4つの変化

実は、こうした高齢夫婦の“退職離婚”や“卒婚願望”は決して珍しくありません。

 

厚生労働省の「離婚に関する統計」によれば、同居期間20年以上の夫婦の離婚件数は年間約3万8,000組。全離婚件数の約2割を占めています。さらに、同居期間35年以上の離婚件数は、1980年以降増加を続け、近年は高止まり傾向です。

 

「定年を機に別の人生を歩みたい」と考える熟年世代が増えており、背景には「年金分割制度」の定着も影響していると推察されます。

 

また、学術的にも、中年期から高年期への移行期は「心理的」「身体的」「家族的」「職業的」な4つの変化が重なる時期とされています。体力の衰えや健康不安、子どもの自立や親の介護、そして定年などの職業的変化――。これらが同時期に重なって訪れることで、誰もが自分の生き方や夫婦関係をみつめなおす転機を迎えるのです。

 

発達心理学では、この時期に「個別化(社会的役割から離れ、自分の生き方を再定義する)」が進むとされます。

 

妻が「自分の時間を持ちたい」と感じる、また、夫が「もう一度自分の人生をやりなおしたい」と思うのは、ごく自然な変化なのです。「中年期から高年期への自然な移行期」であり、誰もが通る道でもあります。問題は、その変化をどう共有し、どう受け止めるかという捉え方の面です。会話を避けたままでは、関係の更新が難しくなるでしょう。

離婚で老後資金は半減という“経済的現実”を前に、関係性は修復

離婚を告げられたあと、恵子さんは動揺しながらも冷静に考えました。そして、すぐに行動を起こし、知人の紹介でファイナンシャルプランナー(以下FP)を訪ね、夫婦で築いた財産の整理を依頼します。

 

退職金は約2,100万円、自宅は築25年の持ち家。ローン完済に預貯金900万円を使ったため、現金は退職金のみ。年金の見込み額は、分割前で誠さんが月20万円、恵子さんが月6.8万円ほど。

 

FPの説明では、退職金も婚姻期間中に形成された財産として財産分与の対象になります。自宅をどちらが取得するかについても協議が必要です。

 

年金分割制度を利用すれば、恵子さんも最低限、自身の年金として月10万円弱を確保できる見込みになります。一方、誠さんの年金は月20万円から約16万円に減ります。

 

しかし、退職金を半分受け取り、年金分割制度を利用したとしても、単身での生活を維持するには厳しい数字。思い描いていたような“穏やかな老後”を過ごすことができない現実が見えてきました。経済的な厳しさを前に、「本当に離婚するしかないの?」という思いが次第に強まっていったのです。

 

一方の誠さんも、恵子さんから「退職金も年金もわけることになる」と淡々と伝えられ、初めてその現実を意識するようになります。生活費の負担、老後資金の減少、想像以上に重い数字。「離婚すればすっきりする」と思っていた気持ちは揺らぎはじめました。

 

そんななか、恵子さんがFPから紹介された夫婦カウンセリングの存在を聞き、「せめて一度は話を聞いてみるか」と渋々ながら同席することを承諾。“経済的現実”が、夫をようやくカウンセリングへ向かわせたのです。

 

初回は不機嫌そうに同席した誠さんも、回を重ねるうちに気持ちを打ち明けるように。

 

「俺にとって、38年間続けた『会社員』というアイデンティティは、人生そのものだった。定年退職は、その最大の役割が終わった日で、これから先の人生を考えたとき、心の通わない妻と『ただ一緒に家にいるだけ』の生活を送ることに耐えられないと思ったんだ」

 

恵子さんも「料理も掃除も私なりの愛情だった。でも、夫が求めていたのは“気持ちに寄り添ってあげること”だった」と気づいたといいます。

 

カウンセラーからの助言は、「尽くす」から「伝える」への意識転換。感謝や労いの言葉を意識的に交わすだけでも、関係は少しずつ変わっていくものです。

次ページ退職後の離婚は、双方に「経済的リスタート」を強いる決断

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