貿易摩擦と地政学リスクのはざまで…上半期を振り返り
トランプ政権にゴリゴリ迫られた「追加関税」→急転直下で妥結
4月に入り、日米関税交渉が本格化。トランプ政権は自動車や電子部品に対する追加関税を交渉材料に、日本側へ貿易赤字是正を迫りました。当初、市場はこれを警戒し、ドル円は一時140円を割り込む場面がありましたが、3ヵ月の猶予期間が設けられたことで相場は持ち直し、145円前後のレンジ相場が続きました。
その後、注目の参議院議員選挙直後の7月22日、日米関税交渉は急転直下で妥結に至りました。米国は日本車への関税を25%から15%に引き下げることに合意し、あわせて日本から米国への80兆円規模の投資が発表されました。このニュースを受けて円安が進行し、8月には一時150円台を記録しました。しかし、当局からの牽制発言が相次いだこともあり、夏場はドル円が147円前後でレンジ相場にとどまりました。
9月11日には日米財務相による共同声明が発表されました。声明では「公正な為替政策の推進」が強調され、日本に為替介入を例外的に認める文言が盛り込まれたことから、投機筋の円売りポジションに調整が入り、ドル円の上昇には一定の歯止めがかかりました。通常であれば国際的に為替介入するには制約があるため、異例の対応です。
ウクライナ戦争の継続+中東情勢悪化→円売り圧力続く
一方、地政学リスクも為替のボラティリティを高めました。ウクライナ戦争の継続はエネルギー価格を押し上げ、グローバルインフレ懸念を再燃させました。ロシアの反攻激化とNATOの追加制裁報道を背景に、ドルは安全資産として買われ、円安を後押ししました。
さらに中東情勢の悪化も加わり、イランとイスラエルの緊張やホルムズ海峡の通行懸念によって原油価格は一時70ドル台半ばまで上昇しました。これにより、輸入依存度の高い日本経済への打撃が意識され、円売り圧力が続きました。
日米の方向性の違い+ベッセント米財務長官の影響力→円安トレンド抑制
金融政策面では、日米の方向性の違いが鮮明になりました。FRB(米連邦準備制度理事会)は米国の関税政策を巡る不透明感から利下げ観測が強まりつつも、7月のFOMC(米連邦公開市場委員会)では政策金利を4.25~4.50%に据え置きました。その後9月には0.25%の利下げを実施し、市場は年内さらに2回の利下げを織り込みました。
一方、日銀は植田総裁の下で政策金利を0.5%に維持。5月の金融政策決定会合で「追加利上げの可能性」を示唆したものの、その後も慎重姿勢を崩さず、結果的に金利差縮小が予想以上に進まなかったことがドル円の下値を支える要因となりました。
加えて、ベッセント米財務長官の影響力も浮上しました。就任後、日銀への圧力を強め、6月のG7財務相会合で「為替操作の監視強化」を表明しました。日銀の円安容認姿勢を「不公正」と批判し、米議会での公聴会でも「日本円の過度な弱体化が貿易不均衡を生む」と指摘しました。こうした発言が市場心理を冷やし、円安トレンドを抑制する要因となりました。
振り返れば、「約9円の変動幅」を記録
結果として、上半期のドル円は4月の140円台から9月の149円まで約9円幅の変動を記録しました。平均水準は147-148円台で、年初の149円台からわずかに円高方向でしたが、地政学リスクの頻発が安定を阻害しました。輸出企業は恩恵を受けた一方、輸入物価上昇は家計を圧迫し、景気には陰りを落としています。
下半期見通しは「円高基調へのシフト」に警戒
円安基調の継続が難しくなると考えられるワケ
下半期のドル円は、現状の149円台から145円割れへと円高方向に調整が進むと予想します。円安基調の継続は難しくなると考えられます。最大の要因は日米金融政策の乖離解消です。FRBはインフレ鈍化と雇用環境の悪化を受け、9月に続き、10月のFOMCでも追加利下げを実施する可能性が高く、政策金利を3.75~4.0%に引き下げる見込みです。
一方、日銀は7月の植田総裁発言で「正常化の道筋」を示し、9月にはETF(上場投資信託)の売却計画を発表しました。簿価残高37兆円に対し、年間売却金額は3,300億円とごく小規模で、市場への影響は限定的です。ただし「保有資産を縮小する」という方向転換を示した点は象徴的で、9月に発表したタイミングは、今後の利上げと重ならないように配慮した面もあり、市場では10月会合での利上げも意識されています。
米財務長官発言+地政学リスク+米国雇用者数→円高トレンドへの転換に注意
上半期同様、ベッセント米財務長官の発言も無視できません。彼はブルームバーグや日経新聞とのインタビューで、日銀に対し金融政策の正常化を求め、利上げを促す姿勢を見せています。関税交渉の陰に隠れましたが、日米財務相声明の裏の含意を読み取ることも必要でしょう。
地政学リスクに目を向けると、ウクライナ戦争の長期化により欧州が軍事費拡大を表明しました。これは財政支出増加を意味し、インフレ懸念を伴うためユーロ高につながりやすく、ドルの一方的な上昇を抑える要因となります。
中東では、イエメン内戦拡大やイスラエル・イラン間の緊張が原油高を招き、短期的に円安要因となる可能性があります。ただし、OPEC(石油輸出国機構)が9月に日量54.7万バレルの増産に合意しており、エネルギー価格は安定化が見込まれます。中期的には「中東有事=原油価格急騰」の構図は限定的と考えられます。
経済指標面では、米国雇用者の減少傾向が鮮明であり、FRBの利下げシナリオを後押ししています。これらを踏まえると、下半期は年初に想定したほど大幅ではないにせよ、円高トレンドへの転換には注意が必要と考えます。
今後のリスクシナリオ
最大のリスクは依然としてトランプ政権の関税政策です。仮に現在交渉中の対中関税交渉が決裂すれば、世界経済に大きな悪影響を及ぼし、ドル円は想定以上に急速な円高・ドル安に動く可能性があります。
国内要因では、10月4日の自民党総裁戦が注目されます。新総裁が誰になるのか、どの野党との連立協議が行われるのかによって、日本の長期金利動向に影響を与える可能性があります。長期金利上昇は、史上最高値を更新してきた日本株相場の転換点となり、為替相場にも波及しかねません。
藤田 行生
SBI FXトレード株式会社
代表取締役社長
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