確かな証拠はたった1日しかない
注文伝票を破棄してレジを打ち直しているようだが、確かな証拠は2回目の潜入調査の記録しかなく、漏れを突きつけても「たまたま漏れた」と主張してくるだろう。しかも、その日の申告期限は来年だ。
また、手間をかけて緻密に売上と仕入の両方を落として(両落とし)利益率を調整しているようで、脱税の全貌を暴くには途方もない労力が必要だと思われた。
早期決着を図って潜入調査の結果を店主にぶつける判断をしたものの、たった2回しか潜入していない。ここで蓄積されていた6件の『インフォメーション』が威力を発揮する。
ただ、『インフォメーション』は正式な資料ではなく、店名と支払年月日と金額しか記載していない。また、領収書の添付もないため潜入調査ほどの証拠能力を持たないのだが、売上除外は確実だと判断できた。
調査官「率直に言いますが、レジを打ち直して売上を抜いていませんか?」
店主 「なぜです?」
調査官「レジの控えを切り離す理由を教えてください」
店主 「先日も説明しましたが、注文伝票と一緒に保管するためです。切り取った方がチェックしやすく、同じ日の封筒に入れて保管するので帳簿をつけやすいと、青色申告会で指導されました」
調査官「職員の名前を憶えていますか?」
青色申告会の記帳指導で教わったと主張するが、職員の名前は憶えていないという。レジのロールを切って保存してはならないとする規定があるはずもなく、日ごとに保管するとの理屈も否定することはできない。
「今後は切り取らないようにします」という店主に「そうしてください」と伝え、「切り口が次の日とつながりませんが、なぜですか?」と調査官が聞くと、店主は答えることができずにいた。
調査官「ここに真実の記録があったのではないですか? レジと会計伝票を突き合せて売上を確認し、その後に一部の注文伝票を廃棄していませんか?」
店主 「そんな手間が掛かることはしません。店が終ってからやったら何時までかかるのですか」
調査官「客は平均して20~30組ですよね。慣れてしまえば30分でできるでしょう」
店主 「あなた方の勝手な想像です。レジを打ち直した証拠はありますか?」
調査官「何回か店にお邪魔しています。もちろん飲食代金を記録していますが、売上に計上されていない日があります」
「病気で休みがちだった」との主張
潜入調査の証拠を突きつけ、売上が漏れていることを認めさせたものの、たまたま漏れただけと答えた。また、直近の売上に比べて申告売上が低い点を指摘すると、数年前から病気で店を休みがちだったという。
しかし、医療費控除の申告は見当たらない。この点について店主は、心療内科のため医療費はあまりかからなかったと答えたが、銀行調査からスポーツクラブの加入が判明し、見た目にも病気を抱えている人には見えない。
調査官「病気は嘘だと思っているのですね」
筆者 「あれだけ元気そうで、あれだけ店が流行っていて、緻密な脱税工作をしている人が病気だとは思えない。店主が一番苦しいのは、使ってしまったカネの清算を迫られていることだと思うよ」
修正額は調査官の状況判断に任せた。どこで折り合いをつけるのか、店主と調査官の人間力の勝負だ。そこに合理的な数値などは存在しない。調査官の正義感と店主の妥協点が修正額になる。店主は「勝手に課税してくれ」と開き直っていた。
結局、年間300万円。3年間で900万円の修正額で妥結した。調査官が「これ以下では上司がハンコウを押してくれない」と迫ったのかもしれないが、深追いしてもこれ以上の結果は望めないと判断したのだろう。
ターゲットが譲れるギリギリの妥協点を探って修正申告を迫るのがトクチョウ班の調査だ。
上田 二郎
元国税査察官/税理士
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