監視体制の脆弱性を突いた宗教法人売買
コロナ禍では、高齢や病気などを理由に外出が困難な人々も参加できるよう、オンラインによる葬儀や法要が広がった。創意工夫によって生まれたウェブ参加型の法要は、多くの人にとって心の支えとなったことだろう。
一方で、インターネット上にだけ存在するバーチャル寺院も生まれ、なかには買い取った宗教法人格で開いた寺院もある。伽藍や本尊をウェブ上に映し出して供養を行うと言うが、伽藍も境内もどこにあるのかはわからない。あるのはホームページ上の映像だけで、開設に必要な資金はホームページと宗教法人格の買い取り費用くらいだろう。
新規に宗教法人を設立する壁は非常に高く、申請をしてから10年近くかかった案件もあるが、時間の壁だけではなく、境内地の取得費、伽藍の建設費など資金面でも高い壁が存在する。
しかし、バーチャル寺院と伝統的な寺院が行うウェブ法要とでは、本質が異なるように思える。信教の自由があるため安易に否定することはできないが、はたして文化庁はネット上にだけ存在するバーチャル寺院を宗教法人と認めているのだろうか。国税庁は公益法人としての税制優遇を認めているのだろうか。
筆者に相談が寄せられたバーチャル寺院を通して、宗教法人売買の根底にある縦割り行政の問題を考えてみたい。
登記簿上に残り続ける宗教法人
筆者に持ち込まれた相談案件に、代表役員が死亡して20年近く休眠状態だった宗教法人が、ある日突然、代表役員と主たる事務所を変更して復活した事例がある。
外形上はインターネット上に神仏の画像を掲載し、イベント情報だけが次々と更新されているという。
しかし、近隣の住民はその場所に宗教法人があることを知らず、宗教活動を偽装しているのではないかと思われるが、その目的は判然としていない。
登記簿から見る限り、宗教法人売買で取得したことが一目瞭然である。だが、このような法人が宗教法人として活動している背景には、縦割り行政の弊害が深くかかわっている。
なぜ、このような事態が起こるのだろうか。
株式会社などの法人では、役員の変更や本店所在地の移転などがあった場合、変更日から2週間以内に登記を申請する義務がある。これを過ぎると登記懈怠になって過料が発生する。また、最後の登記から12年(一般社団は5年)を経過すると、法律上自動的に解散したものとみなされる「みなし解散(休眠会社整理)」の仕組みが機能し、代表者が死亡してから20年も経って法人が復活することなどありえない。
