「退職金も貯金も、“半分”もらって終わりにしたい」
「これ、何の書類?」
歓送迎会を終えて帰宅した翌朝のことでした。定年退職を迎えた62歳の松井誠一さん(仮名)は、リビングの机の上に置かれた封筒を見つけました。
妻の志保さん(59歳・仮名)はまだ寝室にいたため、特に声もかけず何気なく中を覗いたところ、そこには見覚えのない名前が記された『財産分与に関する合意書』のコピーが入っていました。
「まさか、これ……俺たちのこと?」
目を凝らして読むと、そこには確かに自分の名前と、妻の署名。そして、見知らぬ司法書士の記名捺印。
急いで読み進めた誠一さんは、血の気が引く思いがしたといいます。
誠一さんは、大手メーカーで40年勤め上げました。役職定年を経て無事に定年退職。退職金は3,200万円、預金は約4,500万円ほど。持ち家も完済済みで、娘はすでに独立していました。
「老後の生活資金としては十分だと、安心していたんです」
そんな矢先の出来事でした。
志保さんは、夫が歓送迎会を楽しんでいる裏で、すでに「離婚」を前提に財産分与の準備を進めていたのです。
「もうこれからは、ひとりで自由に生きたいの」
誠一さんが問い詰めると、志保さんは落ち着いた様子でそう告げたといいます。すでに別居先の賃貸契約も済ませ、離婚後の生活資金についても司法書士に相談済みでした。
「退職金も貯金も、“半分”もらって終わりにしたい。それが一番フェアでしょう?」
そう言われ、誠一さんは言葉を失いました。
もちろん、婚姻期間中に夫婦が協力して築いた財産は、実務上「共有財産」として扱われ、離婚時には原則として2分の1ずつに分けられるのが一般的です(民法第768条に基づく財産分与の考え方)。
退職金についても、現実に支給された時期が離婚成立前であれば、将来の生活費とはいえ分与対象となるケースが多く、近年では「退職金も含めて半分」という判断が下されることが多くなっています。
つまり、今回のようなケースでも、志保さんの要求は法的には妥当性をもっているのです。
「確かに、家庭を守ってくれたことには感謝しています。でも、もう少し何か言ってくれてもよかったんじゃないかと思ってしまいます」
